品師は、はつと気合をかけて、眼から手を離すと、驚いたことには、手品師の眼は抜きとられて、右の掌《てのひら》の上に、眼の球がぎらぎらと、お日さまに光つてゐました。
 ――やあ、眼球《めだま》だなあ。
 ――驚ろいたなあ、本当の眼球《めだま》だ。
 見物の子供達は、驚ろいてしまひました、ところが、手品師の掌の上の、眼球をだんだんとよく凝視《みつめ》てゐると、これはほんものの眼球ではなく、ラムネの玉ではありませんか、見物人が呆れてぽかんとしてゐると、老人の手品師は、
 ――あははは、みなさん左様なら。
 かう言つて、そのラムネの玉やら、赤い手拭やら、鬚の長い綿でつくつた人形やら、剣やら、様々の手品の種のはいつた、大きなヅックの袋を、やつこらさと背中に担いで、さつさと次の街角に行つて了ひました。
 手品師は、街角から、街角に、歩るき廻つて手品をやり、夕方疲れて宿に帰るときには、この街の街端《まちはづ》れを流れる河岸に、かならずやつて来ました。そしてこの河岸の草の上に、足を伸ばして、一日の疲れを河風に吹れました。
 手品師の宿といふのは、それは汚ならしい小さな家で、小さな室《へや》に、六人も七人ものお客さんがあつて、重なり合つて眠らなければならない始末ですから、それよりもかうした奇麗な水の流れを見て、涼しい河風に吹れて休んで居た方がいゝと思つたのでした。
     *
 ある日、この老人は、ごほん、ごほん、と続けさまに、たいへん咳が出て手品の口上も述べることも出来ないほどでした。
 それに体がだるくて、手足がみんなほごれてしまふのではないかと、思ふほどに疲れを感じましたので、手品を早くきりあげて、いつもの河岸の河風に吹かれたなら、少しは気分が治るであらうと、河岸にやつて来ました。
 そして、手品の種のはひつた袋を、枕にして寝ころび、青空をながめました。
 するとその日にかぎつて、ついぞ思ひ出しもしなかつた、友達の事やら、若いときに死に別れをした妻のことやら、天然痘で死んだ可愛い子供の事やら、これまで旅をしてきた数限りない街の景色の事やらが、つぎつぎと頭に浮んできました。
 ――わしの一生にやつてきたことをみんな思ひ出さうとするんぢやないかな。
 手品師は、急にさびしくなつてきたので、かう独語《ひとりごと》をしてむつくり起きあがりました。
 そのとき河の上流から、それは細長い格
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