の翌朝《よくあさ》、いつぴきの痩せこけた野良犬が野原を通りましたので、魚は海まで運んでくださいと頼みました。
野良犬は意地悪るさうに、じろりと魚をながめながら
『ふつかも喰べ物をたべない野良犬さまが、から身で歩るいても、ひよろひよろするのに、お前さんなどを遠い海までなど運べるものか、しかし相談によつては、運んでやつてもよいさ』
と言ひました、魚はそれで溝鼠に喰べられて残つた片側の肉を、この野良犬にやつて、海まで運んで貰ふことにしました。
野良犬は、秋刀魚の片側の肉を美味しさうに喰べ終へると、魚の頭のところを啣《くは》へて、どんどん海の方角へ馳け出しました。
野良犬は足も細くて馳けることが、なかなか上手でしたから、路は思つたよりもはかどりました、しかし野良犬は、こんもりと茂つた杉の森まできたときに、魚を放りだして逃げてしまひました。
秋刀魚はたいへん悲しみました。それに魚の頬の肉は猫にやり、両側の肉は溝鼠と野良犬にやつてしまつたので、肉がきれいに喰べられて魚の骸骨になつてゐましたので、こんどは何が通つても、お礼として肉を喰べさして海まで運んで貰ふことが出来なくなりました。その日は森のなかにねむりました、夜なかに雨が降つてまゐりました、骨ばかりになつた秋刀魚はしみじみとその冷たさが身にしみました。
その翌日一羽の烏が通りましたので、魚は呼び止めました。
『烏さん、お願ひですからわたしを海まで連れて行つてくれませんか。』
と頼みましたが、烏はあまりよい返事をいたしませんでした。
それで魚は背筋のところに、すこし許り残つた肉をあげますからと言ひました。
『そればかりの肉ぢや駄目だよ』
と烏は言ひましたので、
『わたしのだいじな眼玉をあげませう、もうこれだけより残つてゐないのですもの』
と魚が悲しさうに言ひました、それで烏は魚の眼玉を嘴《くちばし》で突いてふたつ取りだしました。しかし魚の眼玉は、からからに乾からびてとても喰べられませんでしたが、烏は首飾りにでもしようと考へましたから、これを貰つてぽけつとにしまひこみました、それから背筋の肉やら、体ぢゆうの肉と云ふ肉を探して、きれいに喰べてしまひました。
けれども皆が喰べた後ですから、烏にはいくらも肉のお礼をやることができませんでした。
烏は魚の骨をたくましい手で掴んで、どんどんと海にむかつて空を飛びまし
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