やうに
周囲の雑音と彼等の耳はたたかつてゐる
花の中の老人はすでに冷静を失つてゐた、
花の中は暗黒、彼の坐つてゐる空間は極度にせまい、
けだものの皮に縫ひこめられた人間の
苦痛にひとしい花びらの中に
とらへられた人間の不安、
台の下から恐怖が襲つてきた
生に対する猛烈な執着
指でアバラ骨を掻き鳴らし
生死の間の歌うたふ
老人よ、彼は立ち上らうとして
百姓的な頑固な両腕の
狂暴な力をもつて
花びらを押しひらかうとする、
すべては徒労ですでに遅い
老人は肛門のあたりに
何かが触れたのを知つた、
火のやうに熱したものか、氷のやうに冷却したものか、
瞬間ヒヤリと台の下から忍びこんだもの、
火もまた熱度の頂天に達するときは
氷のやうな感触をもつ、
燃えた鉄の蛇は
直立した堅さをもつて
肛門に飛びこみ
老人の腹の中をかけまはる苦痛に
彼は花弁に体うちつけ
老人は二言何事かを――絶叫した、
その声は高い
だが百の銅鑼がその声をうち消した、
まじまじとパドマを見まもる群集たち
鳴物ハタと一斉にやみ
固く閉ぢられた白蓮は
群集の注視の真只中に
みるみる紅蓮にかはつてゆく、
その時花のつぼみは
ポンといふ
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