結び合ふといふことは無言のうちに傑れた感情を醗酵させ、また大きな勉強になることだと思ふ。言語構成上の収穫も多かつた(小熊生)
[#ここから地から2字上げ]
広瀬操吉
今野紫藻
鈴木政輝
小熊秀雄
[#ここで字上げ終わり]

    風船
空はこばると(今野)
昆虫学者は網を持ちて野原を馳ける(鈴木)
あゝ秋の風船の快よき(広瀬)
学者はしばし昆虫をとる(小熊)
ことを忘れて空を見上げた
空には何もなくなつた(今野)
ヱアシップの哀れなるかな(広瀬)
ちぎれ雲ひとつ(小熊)
へう/\吾魂を流しゆきぬ(鈴木)
[#地付き]出題  小熊秀雄

    夜の花
浮浪人は徳利を抱いて畳に寝ころび(鈴木)
つく/″\と阿母が恋しくなつた(小熊)
しかと花を抱いて眠りぬ(広瀬)
あゝこの男に昨日があるのだ(今野)
真昼は陽気に夜は陰気に(小熊)
幸福と不幸を織り交ぜて(広瀬)
あゝいつか男の息は絶えてゐる(今野)
されどあけぼのゝ雀は障子にながむ(鈴木)
[#地付き]出題  広瀬操吉

    豚
豚が欠伸《あくび》する真昼時(広瀬)
はらんだ牧女があらはれた(今野)
彼女は豚に餌をやりながら胎児のことを考へた(小熊)
胎動を感じつゝ群がる仔豚を愛撫する(鈴木)
あはれ秋風よ情《つれ》なき男に(広瀬)
情ある男に(今野)
吾養豚所のをみなの心を伝へてよ(鈴木)
かくて重き妊婦は空を仰いだ(小熊)
[#地付き]出題  鈴木政輝

    夜の陶器
この壺はうれひなくふくらみ(小熊)
夜の光線は照らされて(広瀬)
蒼白い叔母のマスクが写された(今野)
この壺はうれひなくふくらみ(鈴木)
遠き秋風の音を聴きつゝ(広瀬)
ふるさとの唐土を追憶し(小熊)
殺人事件を審判する(今野)
あゝこの壺はうれひなくふくらみ(鈴木)
[#地付き]出題  今野紫藻


日中往復はがき詩集

    作品第一番    八月二十六日夜
小熊(1)[#「(1)」は縦中横]さあ始めよう
[#ここから3字下げ]
私は日本の
雑種的な
バスで
君は広東語の
悠揚せまらざる
アクセントで
ふたりは心の料理場の
材料をあるだけ
出し合はう
[#ここで字下げ終わり]

雷(2)[#「(2)」は縦中横] よろしい!
[#ここから3字下げ]
ぢや、やらう!
北海道から来た
君は『飛ぶ橇』に乗つて、
広東から来た
私は『沙漠』をぬけて、
東京にふたりで
料理屋になる。
胸にしつかりと積んでる
この島のと
その大陸のとの
お土産を
世界の釜で
料理しよう!
わが無数の餓鬼は
私達のこしらへる物が
まづくても
おいしさうに
がつ/″\食べて呉れるだらう。
[#ここで字下げ終わり]

小熊(3)[#「(3)」は縦中横]空腹な人生
[#ここから3字下げ]
かう我々はこの人生を
呼ぶ必要がある、
完全な空腹ぢやないね、
ことは我々ロマンチストは
理想の入る余地と
詩をつくる余地と
詩が大衆に愛される
余地は充分あるね
料理方も
喰ひ方も
かうして親密に
心や胃の腑に入れるものを
熱心につくり
熱心に待つてゐる
[#ここで字下げ終わり]
    
雷(4)[#「(4)」は縦中横] 礼儀がなく
[#ここから3字下げ]
しかし礼儀以上の
敬愛と自重を持つ我々は
きたない大地に
立派な種を播き込まうとする
その種の萌え上がる実は
黄金だらうか
丸弾[#「丸弾」に「ママ」の注記]だらうかと
いづれもかまはぬ
いづれでも飢餓の糧を
取換へる武器になる
我々はまた高い理想を
その種の中に孕ませる
――全く自由を戦取する人間の口
――彼らの強い呼吸に
[#ここから4字下げ]
陽気さの口笛を吹かせると。
[#ここで字下げ終わり]

小熊(5)[#「(5)」は縦中横]けふ嵐の中で
[#ここから3字下げ]
我々の種子はとび交つた、
炸烈する胚子は――、
地上への自由の蒔き手を
自任しよう、
二つの民族は
コルホーズ(共同農場)に
でかけてゆく
しかも我々の住んでゐるところの
コルホーズは
暁ではない、夜だ、
まつくらなんだ、
まるで手探りで種蒔いてゐる、
[#ここで字下げ終わり]

雷(6)[#「(6)」は縦中横] 飛砂走石たる野原に
[#ここから3字下げ]
我々はトラクターを進ませて
時代の最後の嵐を追ひ消さう
野獣の血肉と骸骨を、
肥料として土の中へ打ち込む
暁になると我々の
蒔いた胚子が
まるで一瞬間の間に
むら/\と空へ伸び上がる
そしていづれの端末にも
輝く花の弁が
勝利の微笑をして
招いてるだらう
その時、地球のどこにも
平和な空気が
あざやかに漂ふ
[#ここで字下げ終わり]

小熊(7)[#「(7)」は縦中横]それを夢みる
[#ここから3字下げ]
君の夢を私がみる、
私の夢を君がみたまへ、
現実の毒素的な
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