は遊星のやうに
軌道をまはる
円滑な演技をもつてゐる
彼に玉子を撫でさしたら
きつと上手に
ツルリと撫でるだらう
左様に彼は主役に取りまく
脇役としてのうまさがある
わたしはファウストで
(滝沢)の弟子になつた
(三島)の哲学学生の印象が濃い
若い癖に年寄のやうな
シャガレ声を出しさへしなければ
人間の世界にあつても――
蛙の世界にあつても――
名優だらう。


細川ちか子論

舞台装置の階段を
彼女は、コリントゲームの玉のやうに
上つたり、下つたりしてゐる、
彼女の白いスカートは
舞台一面ナメまはす、
彼女が舞台を走りまはるとき
観客は彼女の自信で
掃き出されさうだ、
俳優の自信――、
おゝ、それは総べての俳優諸君が
彼女のやうに持たねばなるまい、
張り子の小道具を
いかにも重さうに
貫禄をもたして持ち運ぶ彼女の演技は
ちよつと完璧なものがある、
つまり結論としては
彼女の芝居は
――そそつかしいが、円滑だ。


小沢栄論

アレキセイ・ヴロンスキイ様は
アンナ・カレーニナ様を
ひしと掻き抱く
小沢栄の熱演主義はいい
はひまわるときは
雑巾をかけるやうに
倒れるときは骨も砕けよと――。
舞台の照明を
消しまはる格好で
防空演習のやうでもある。
サモアルは空つぽで
ペチカは燃えず、
されば新劇林のごとく静かなる部屋に
かかる小沢の喧騒な演技も
また情熱の現れか?


女流諷刺詩篇


大田洋子

小説屋大田洋子さん、
あなたは懸賞小説大当り
女が一万円儲けるには
バクチぢや骨だし
株位のもの
一本三銭五厘のペン先から
よくも大枚稼ぎだしたもの


風見章子

土から生へたツクシンボウ
春の娘はぼんやりと
突立つばかりで
ワイワイと、フワ[#「ワ」に「ママ」の注記]ンが
賞める、名演技、
コツもなく、曲もなく
ただ 純情のよき娘
年寄のフワ[#「ワ」に「ママ」の注記]ンのいふことに
うちの娘もせめて
あの役者の半分も温和しかつたらと、


小山いと子

原稿、二百枚も朝飯前、
近頃の野心満々たることよ、
足まめ、手まめに
調べた小説
行つたこともないところも
見たやうにくはしく書いてしまふ、
調べてばかりゐる女検事から
早く女弁護士におなりなさい


轟夕起子

あなたの馬好き勇[#「勇」に「ママ」の注記]名だ
姫御前が馬に乗り
馬の胴体締めつける
力があるとは驚ろいた
お乗りなるとき
アブミに足を軽くそへ
落ちる用意も必要でせう
馬はあなたをフワ[#「ワ」に「ママ」の注記]ンのやうには
大切には扱つてくれませんからね


真杉静枝

あなたは告白小説を書いても
[#ここから3字下げ]
十年や二十年
材料は尽きないはずです、
あなたの人間修業と
[#ここで字下げ終わり]
数々の経験に
[#ここから3字下げ]
光栄が巡つてきました、
毒素を吐きだすのに十年
芳香を放すのに十年
まあ、気永におやり[#「り」に「ママ」の注記]ことですね
[#ここで字下げ終わり]


松原操

霧島さんと華燭の典
何はともあれお目出たう
いはゆる結婚なるものの
世話女房も辛いから
あなたのいゝ声
荒れぬやう
声が二つに割れぬやう祈ります
マダム・コロンビア、


水戸光子

あなたは「暖流」の一場面で
男に心を訴へるに
最新式のやりふりで
『先生ーヱッヘッ』
と笑つたところが
セリフとしては圧巻でせう
精々勉強なさい、
光子さん、
ヱッヘッ、


森赫子

芸と義理との
水車
人に言へない苦労なら
宵の松原
サラサラと
風にながして
芸は達者で、熱心で
せいぜいママを喜ばす
ほんに
あなたはりかう者


矢田津世子

玉子せんべい、紺のれん
ヱリアシ、素足にうつとりし
寿司屋、小間物屋の
お江戸趣味
フラッパーは大嫌ひ
老人の恋心をしきりにかく
散歩の場所も神楽坂
のぼるに苦しく
下るに楽だ


由利アケミ

あなたのやうな良い声と
めぐまれた演技もちながら
日本のカルメン役者は
オペラを探して
さすらひの旅、
日本にオペラ運動がみ[#「み」に「ママ」の注記]ないので
アタラ名優由利さんも
手も足もでないといふ感じ
誰か彼女にオペラを与へよ、
オペラパックでも我慢する


長谷川時雨について

明治、大正、昭和にわたつて
生き永らへて
彼女は依然として
明治の髷を結ひ通してゐる、
歴史三代にわたる
生きたる書庫を傍にをく
大衆作家三上於兎吉も幸せなる哉、
彼女は義理と人情の
保守主義者として
いま最後的な
美しさを放つてゐる
彼女の眼からは
すべての作家も
坊ちやん嬢ちやんに小さく見えるから、
女親分のやうに
若い衆の不仕[#「仕」に「ママ」の注記]末を
優しい眼でハッタと睨んで
――お慎しみなさい、
と叱りつける。


神近市子について

彼女が怒つ
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