5
男と女といふ二つの性別の谷は
今後ますます社会的矛盾の現はれとして
深くへだてられるでせう、
眼が醒めたとき
すべての女達が
男の抱擁の中に眠つてゐたとしたら
それは女にとつてこれ以上の幸福はないでせうが、
だが今は全くさうはゆかなくなつてゐるのです、
コネ合はすために
愛にも、食にも、
僅か許りのパン粉より現実からは
与へられてゐません、
ましてや忙がしい男の生活にとつて
女を抱擁する時間は僅かよりないのです、
私はそれを悲しみます。
6
理性です――と叫んだあなたは
男にも増して理性的な強さをもつてゐる、
すべて従来の女たちのもつてゐた
感情の燃焼をうちけして
ときには男もたぢろぐ程
理性的な女となつてゐます。
だがそれで貴女の理性的な女は
すべての理性的な男に理解されるでせうか、
あなたの目指してゐる理性は
男の世界の偽りの理性です、
強くなりたいことが
男らしくなりたいと考へてもらひたくない
男は真に感情的になる前に
偽りの理智を恵まれました。
7
私は理性的な男ではありません
そして女の理解を早める方法を知りました、
私はすべてに対して
一般的な理解といふことに対して
絶望し憎む
感情こそあらゆるものを
本質へより迅速に到達することを
信じて疑ひません。
ますます理性的になつてゆかうとする
女としてのあなたこそ
私の眼から怖ろしい感情家にみえます。
男は理性的であるために
すべての凡百の女に尊敬され
そして凡百の男は遂に女を理解し尽さない、
新しい時代の新しい感情と
新しい理智、
それは新しい女の中にも二つを備へ
新しい男の中にも二つを備へ
ふかい相へだたる谷の空間を
とびこえ谷を充実するもの、
完全な男と女の理解の方法は
それは強い感情的な意志をもつた
男がそれを為しとげるでせう。
一つの太陽と二つの現実
日本的現実では
ラジオで仏法僧を聴いてゐる、
ソビヱット的現実では
トラクターが騒いでゐる、
幸福なことには
日本のインテリゲンチャは
渋面《じゆうめん》つくつて能面《のうめん》そつくりだ、
悲しいことには――夜明けでない、
おかしなことには――戦の智慧者と
戦術家がみんな降参してしまつた、
大胆不敵にも
善悪の道徳的拠りどころをもたずに
詩や小説や評論を書いてゐる、
だから子宮後屈《しきゆうこうくつ》症は満足な
作品を産んだためしがない、
これらの理由に就いて彼等はいふ、
すべて日本とアチラとの現実がちがふからだ、と
もつともの話だ、
宇宙に太陽がひとつよりないのに、
国家が幾つにも別れてゐることは――、
残念なことだ、
思想がそれぞれちがふといふことは――、
日本的現実の中で
木霊《こだま》と言ひ争ひをするやうに
自分の声と争つてゐたまへ、
孤独と自慰との一日を暮らしたまへ、
君の幸福な寝床の上を
熱い太陽がとほりすぎるだらう、
たつた一つよりない太陽が
二つの現実を
皮肉に笑つて通りすぎるだらう。
パドマ
――パドマとは梵語の蓮をいふ――
この世に怖ろしいものは韻律であらう、
あらゆるものは、これをもつて捕へることができる、無智な人々へは
単純な韻律の繰り返しを与へたらよい、
寺では木魚を鳴らす
ポクポク、ポク、ポク、ポクポクと
なんまいだ、なんまいだ、
なんまいだ、
君がもし恋人を計画的に
くどき落さうとするならば
彼女を、醒めてゐるものを――
夢の世界へ突き落さうとするのであれば、
乱調子に女の肩をゆすぶつてはいけない、
ただ静かに単純なくりかへしをもつて
彼女のもつとも××腺に近いところを叩いてゐたらいゝ
すると彼女は君のために、うつとりするだらう、
無智なる時代は
七五調をもつて恋文を書いたらいゝ、
無智なる時代は
五、七、五、七、七をもつて
恋歌を組み立てよ、
平和とは単純であるか――、
今はあらゆるものが波立つ
決して単純ではない、
ただ無智な人々ばかりが
生活の苦しみの救ひを
あらゆる単純なものに求めてゆく、
老いた百姓たちが
日中揃つて鍬をふりあげ
ハッシとそれを土に打ち込む
疲労は結晶となつて彼等の額からたれ
鍬の柄を伝つて汗は土の中に入る、
たちまち百姓達の額の汗は乾いてしまふ、
なんといふ百姓達のおそるべき
生活の苦痛の忘却よ、
爽やかに夕風が吹いてくると
百姓たちの労働は終る
そして僧侶たちの夜の労働と交替する、
寺男は鐘楼にのぼつて
鐘の急所を目がけて
撞木を老練にうちつける
臍をうたれた鐘の気狂ひ笑ひよ、
音は波紋を描いて
余韻は村中を駈けまはり、野に去る、
夜となる、村の若衆たちは踊りの
樽太鼓の鳴る方へゆく、
善男善女は梵鐘のリズムに吸ひつけられる、
寺院では合唱隊が読経を始め
一段高いところの肱掛椅子にもたれて
老師はいま
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