な
作品を産んだためしがない、
これらの理由に就いて彼等はいふ、
すべて日本とアチラとの現実がちがふからだ、と
もつともの話だ、
宇宙に太陽がひとつよりないのに、
国家が幾つにも別れてゐることは――、
残念なことだ、
思想がそれぞれちがふといふことは――、
日本的現実の中で
木霊《こだま》と言ひ争ひをするやうに
自分の声と争つてゐたまへ、
孤独と自慰との一日を暮らしたまへ、
君の幸福な寝床の上を
熱い太陽がとほりすぎるだらう、
たつた一つよりない太陽が
二つの現実を
皮肉に笑つて通りすぎるだらう。
パドマ
――パドマとは梵語の蓮をいふ――
この世に怖ろしいものは韻律であらう、
あらゆるものは、これをもつて捕へることができる、無智な人々へは
単純な韻律の繰り返しを与へたらよい、
寺では木魚を鳴らす
ポクポク、ポク、ポク、ポクポクと
なんまいだ、なんまいだ、
なんまいだ、
君がもし恋人を計画的に
くどき落さうとするならば
彼女を、醒めてゐるものを――
夢の世界へ突き落さうとするのであれば、
乱調子に女の肩をゆすぶつてはいけない、
ただ静かに単純なくりかへしをもつて
彼女のもつとも××腺に近いところを叩いてゐたらいゝ
すると彼女は君のために、うつとりするだらう、
無智なる時代は
七五調をもつて恋文を書いたらいゝ、
無智なる時代は
五、七、五、七、七をもつて
恋歌を組み立てよ、
平和とは単純であるか――、
今はあらゆるものが波立つ
決して単純ではない、
ただ無智な人々ばかりが
生活の苦しみの救ひを
あらゆる単純なものに求めてゆく、
老いた百姓たちが
日中揃つて鍬をふりあげ
ハッシとそれを土に打ち込む
疲労は結晶となつて彼等の額からたれ
鍬の柄を伝つて汗は土の中に入る、
たちまち百姓達の額の汗は乾いてしまふ、
なんといふ百姓達のおそるべき
生活の苦痛の忘却よ、
爽やかに夕風が吹いてくると
百姓たちの労働は終る
そして僧侶たちの夜の労働と交替する、
寺男は鐘楼にのぼつて
鐘の急所を目がけて
撞木を老練にうちつける
臍をうたれた鐘の気狂ひ笑ひよ、
音は波紋を描いて
余韻は村中を駈けまはり、野に去る、
夜となる、村の若衆たちは踊りの
樽太鼓の鳴る方へゆく、
善男善女は梵鐘のリズムに吸ひつけられる、
寺院では合唱隊が読経を始め
一段高いところの肱掛椅子にもたれて
老師はいま
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