、ムニャ/\
今頃誰だ、強盗?
まご/\してゐないで早く
そこの橋を向うへ渡つてしまへ」
「ははあ、刑事の家だな
成程、あの橋を渡れば
向うの署の管轄か」
[#ここで字下げ終わり]
真夜中、戸をたたく
トン、トン、トン、トン
[#ここから1字下げ]
「今晩は、今晩は
夜更けて済みませんが
強盗ですが入つて構ひませんか」
「いち/\ことわつて入る奴があるか、ずつと通れ」
「ははあ、こゝは刑務所だな」
[#ここで字下げ終わり]

猿と臭い栗

猿の子供達が栗をとつてゐると
不思議な見馴れない
二つの栗をみつけた
驚ろいて父親の処へもつてゆく、
「何だ、これは栗とは違ふやうだ
毛だらけの丸いものだ
何処で拾つてきた」
「これが偶然、栗の木になつてゐたよ」
「どれどれ、はゝあ、判つた
これが人間の世界の
偶然の毛鞠といふものに違ひない
そんな物は早く捨てゝおいで」
「でも折角、拾つたんだもの
捨てるのは惜しいや」
「ぢや交番へ届けておいで」
猿の子供は猿の交番へ届けに行つた。
お巡りさんはつくづくみて
「やつかいなものを拾つてきたな
これは人間の世界でも
手余しものぢや、
今時こんなものは
猿の世界でも臭くて喰はんものぢや
落し主は判つてゐる
返してやれ――」
お巡りさんは
空高く人間の世界に鞠を投げ返した、
二つの毛鞠は
一つは中河与一といふ人の庭へ
一つは石原純といふ人の庭へ、
二人の偶然論者のところへ落ちた


国民の臍を代表して

永野修身閣下の
軍縮脱退の英断を迎へて
僕は何を代表して
閣下を迎へたらいいか、
僕は全国民の臍を代表して迎へよう
銭湯の湯舟の中で
ヘソ並びにその下を洗ひながら
国民の批判精神は、はたらいてゐる
国民は近来、冷血動物のやうになつた、
この冷たい態度は悲しむべきだ
だが安心していい
肉体の一箇所だけは
笑ふ力を失つてゐないから
それは国民の臍であり
そこだけは湯のやうに湧いてゐる
貧しい国民は閣下に
一杯のコーヒーを
進ずるためにいま
それを茶碗にかけてゐる。


さあ・練習始め

おゝ、同志よ、
あゝ、階級的同志よ、
「同志といふ呼び名をいつかふんだんに使ひ合つたね」
「あれは一体、何時のことだつたけね」
あの時は君と僕とは同志であつた、
だから文章の上でも日常生活の上でも
同志よ――客観的状勢は――。と
むちやくちやに盛んに言つたもの
前へ 次へ
全38ページ中9ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
小熊 秀雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング