うに人生に触れる
せいぜい温《ぬるま》湯の中で歌ひ給へ
彼にとつて詩とは不快感を宣伝する道具だ。
北条民雄[#「北条民雄」はゴチック]よ、
病気があるために人生に死があるのぢやない、
満足な皮膚をしてゐて
心の腐つてゐる癩患者のことも書く気はないか。
いま僕は墓標を建てた
名前の羅列をもつて――、
散文をもつて掩はれてゐる日本の空は
根性の悪い発疹だらけの
犬の皮膚のやうに汚ない
君等の皮膚を掻いてやる親切さに
君等がこれを厚意として受取る方法は
だまつて、文句なしに
僕といふ諷刺詩人に悪口をいはれることだ。
文壇諸公に贈る新春賀詩
――謹賀新年一月元旦――
中河与一について
君の意見は全部正しい、
もし、反対するものがなければだ、
人生がすべて偶然でできてゐるといふ
君の主張の粘り強さは
とうとう本屋から『偶然と文学』を出させて
印税を捲きあげるところまで成功した、
さて民衆が偶然的に君の本を買ふか
それとも必然的に誰も買はないかによつて、
君は自分の主張の正しさ誤まりを
君の財布の中に入る金で
知ることができるだらう。
民衆の貧乏を偶然的であればだとすると
僕が君の悪口を言ふのも偶然
すべてが偶然的だ、すべてをゆるせ、
君が歌よみの妻君と一緒になつたのも
何かの偶然だつたのだらうから、
夫婦喧嘩をしても
夫婦別れをしないところをみれば
夫婦の愛も偶然の連続か
偶然飯を焦して、
偶然子供を孕むか、
一九三五年度に君が偶然論者として
現はれたのも余りにといへば
歴史の正しさを証明した偶然だね。
小松清について
インテリゲンチャの自由の精神は
何はともあれ『行動』するにありといふ
利口の一つ覚えを
たびたび繰り返し現在に到る、
あなたたちの行動主義は
自分で太鼓をうつて
デングリ返る
越後の獅子の目出度さや、
可憐なる反覆のみ、
どうぞお願ひですから
人生を静かにして下さい、
あなたの自由主義、
わたしたちの自由主義、
骨がなかつたら一心同体に
なりたいほど親身になつて
考へてゐますが
ちつとばかり私達の
骨の硬さがちがふので
一緒になれぬはお気毒さま。
亀井勝一郎について
青酸加里はもう買へなくなつた
あなたたちのロマン派に
辛子を売る店がない
十銭もつたら
珈排店に入つて
ぬるいコーヒーでも飲んで
仲間と論ずるさ
それともプレンソーダをのんで
かすかな沸騰を味ふかね、
仲間割れをするのには
いまがいゝ潮どきだ、
まごまごすると
ハマグリに笑はれるだらう。
林房雄について
いよいよあなたに
方向転換のときが来た
あなたはそれを御存じか、
重いツヅラをとるか、
軽いツヅラをとるか、
君は無慾を発揮してはいけない、
重いツヅラの諷刺性をとれ
あなたの抒情性には
みんなに交際あきてゐる
毛脛と毒舌と本性を
披露すべきだらう、
ただあなたのいふやうに
蟇の冷血症では
諷刺は書けない、
どうやら私とあなたは
体質が合ひさうだ、
私の温い輸血を
進ぜませうかね、
それとも奥様で
間に合ひますかしら。
平林たい子について
あなたの男性憎悪症を
支持する女共は
あなたの持ち合せの『強さ』を
こえることのできない
弱虫ばかり、
あなたを支持する男性は
みんな度胸のある豪い人間ばかり
私も勿論その一人に加へていたゞきたし
林もさうだし、広津もさうだ、
宇野浩二はテーブルスピーチでは
手をふつて
賛否を声明しなかつたが、
彼のモミアゲの長さ、顔の長さが
女性主義であることを証してゐる、
あなたを支持することは
男にとつては確かに度胸が要る
あなたは作品の硬さで
男を殴る気配を示すから。
青野季吉について
尊敬すべきは青野の吃音である、
人々は言葉多くして
真実を語らず
青野は言葉少くして
涙をながす、
たゞ彼にとつては真実を語るのに
辞書の文字
あまり多くして
悩みの種である。
彼に原稿紙の上でまで
吃りになれとは誰が
求めることができようか、
せめて文章を書く
唯一の自由を彼に学ぶべきであらう
部分的には『純情』を売り、
全体的には文字を売つて
生活してゐる彼を見遁すべきだ、
俗にいふ、好漢惜しむべきは
あまりに好漢である。
森山啓について
君に作品を批評されて
感謝してゐる作家を
僕は寡聞にして聞かない、
評論家森山は作品の
正面から組みついてきたためしがない
一応賞めておいて
『明日に期待する』といつた風な、
批評をすると定評がある、
君は作家同盟時代に
玄関を締めて
裏から出入りした癖を、
まだ治さないのか
こゝな、情勢を知らぬ
親不孝もの奴が、
評論の世界での思索の浅さ
詩の世界での古典的感傷性、
それを支持する幾人かの
保護者もあらう
だが多くは君の理論を
愛してゐないで
君の病弱に同情してゐる、
醒めよ、評論にも肉体にも
一切の同情を避けよ、
孤立することを怖れる
君であつては
永遠に夜の世界を歌ふ
フクローに属するだらう。
横光利一について
純芸術の壁にぶつかり
なにかにと理由を附して
芝居がかりのロッポーを踏んで
花道から通俗小説へずり込んだ
こゝもあまり住み場所がよくなからう、
今度は日本に
ながい草鞋を履くか、
納得のできないのは
横光利一洋行説である
モダニズムを仕入に行くなら
話が解つてゐるが
ファシストになりにゆくなら
大枚の旅費を使はなくても
日本の中でも結構テーマに不自由はしまい
なんのための洋行ぞや
まあ、祖国を離れて日本に文学ありやなしや
といふ疑問にぶつかつてきたまへ。
窪川いね子について
あなたは
文学は女子一生の事業なりや
否やといふ疑ひは、もちますまい、
だが妻君稼業は
女子一生の事業なりや、否やといふ
疑ひはおもちでせう、
それが正しいのです、
ほんとうに世話のやける
亭主をもつたのが
あなたの不運ですよ、
同情しませう、
男の種類はアサリ貝の模様ほど
千差万別ありますが
泥を吐かしてしまへば
みんな同じ味ですよ、
あなたはまだ鶴次郎に
ほんとうにドロを吐かせてゐない。
菊池寛について
文学に見切をつけて
馬鹿面をして口をあけて
馬の鼻つらを睨む
競馬ファンの一人に
加はつたことは聡明である
あなたさまの文学観、人生観、
すべて真理に関することごとくのこと
投機のごとく考へてゐるのは達観なり、
そして見事に『文芸春秋』は当つた
もつとも投機的である
競馬でアテたためしがないのは
いかなる人生の矛盾ぞや、
あなたの運命は
文学を始めたときからでなく、
競馬を始めたときから変りだしたのだ。
新居格について
自由主義者としての貴方は
その主張のアナキスチックな
個所を取り除けば立派だ
たゞ文章の中にいつも
マルキストを攻撃する章を加へることは
あなたの終始一貫して渝《かはら》ない信条
狡猾な生活上の『現状維持《ステータス・クオ》』の
方法でなければ幸いなるかな、
その立場からマルキストを
諷刺する勇気も勃然と起るだらうし、
時代の運行のハンドルを
逆に廻さうと努力する
腹黒い船長のやうな
役割を果すことができよう。
善哉《よいかな》。肥満人新居格氏よ、
身をもつて思想上では
無節操と自由とを
混同することをもつて一生を終れ、
あなたは真の貧者の求めてゐる自由の
思想に対しては
撫でるか引つ掻くかの
二つより選んだためしがない。
未だ曾つて握手したためしがない。
窪川鶴次郎君へ
「前号の僕に対する窪川君の文章はふざけ切つたもので真面目な回
答の必要を認めないので、この詩一篇を御歳暮に贈る」
僕は頼みはしなかつたよ、
君にこの世に生れてきてくれなどとは、
ところが宿命だね、
僕が生れてきてみると
君も生れてゐたことはね、
僕の文学の雑兵と
君の文学の幹部さまが
かうして現実に鼻突き合つてゐることは
理論もちがへば
肌も合はないよ、
生活もちがへば、
イデオロギーも喰ひ違ひさ、
お母さんがちがふために
かうもおたがひがちがふものかね
文明の世の中で僕は
ローソクの灯の下で詩を書いてゐるのは悲劇だね、
君はシャンデリヤの下で酔ひつぶれて
ヘドで詩を書いてゐる
月百五十円なければ暮らしてゆけないとは、
君の何処を押せば
さういふ良い音がでるのだね、
神よ、僕に月に十五円の定収入を与へ給へだ、
良い年をして甘つたれてくれるな
雑誌記者の前で法螺を吹くのはいゝさ、
だがそのまゝ法螺を民衆へ披露するのは
ちと民衆が可哀さうで御座らうて、
不渡り手形のやうな文学を書いて
民衆啓蒙も聞いてあきれる、
相当あつちこつち与太り廻つてきた
横線小切手のやうに
君の作品や理論がひねくりまはり、
読者の手許に着いたときは
結局一銭も預金がなかつたとさ、
文学の重役さまよ、
果してジャアナリズムは君に
安楽椅子を与へてゐるだらうか、
安楽椅子が君の上に
腰をかけてゐなかつたら幸せだね、
平林たい子へ
女の心は
バンジョウか
カスタネットか
こころが躍れば
身がふるふ、
あなたの心は
ビクともしない。
板額女
男嫌ひで
押す文学、
揺すぶりませうか
あなたの昔の想ひ出を
花|簪《かんざし》
桃割の日のことを
初恋の人もあつたでせう、
冗談ぢやない
あなたの心臓は
沢庵漬の
重石ぢやあるまいし
少しは伸びたり
縮んだりして戴きたい、
いまは
男は『叫び』の
女は『嗚咽』の
文学を書く時代です、
あなたにはそれが
全くない
女の美しい痙攣がない。
武田麟太郎へ
あなたは他人に
好色の戒めを仰言《おつしや》るから
私はあなたに文学の戒めを申しませう
あなたはリアリズムの
媒妁人で
雑誌『人民文庫』で
ムコを集めて
ヨメを探してゐるが
写真屋のリアリズムぢや
写真結婚は恨まれますよ、
さう詩的精神を
眼の仇にしないで
修正結構
ヱヤブラシ結構
見合の写真は
精々綺麗に願ひます
一緒になつてしまへば
どうせ馴れ合ふ性格だらうから
私があなたを諷刺したら
只では置かないと
茅場町会館の六階で
仰言つたさうだが
こんな汚らしい首でも
御所望とあれば差し上げたい
もつとも持参する誠意がないから
そつちから下界へ降りて来い。
大森義太郎へ
眼から火がでるほど
貧乏して
足から煙がでるほど
生活に駈け廻れば
民衆の思想も
少しはスパークするだらう、
あなたの唯物論ぢや
どこまで行つても
実験室もの、
フラスコの中のもの
犬もときどきは
棒杭を噛ぢらなければ
歯の琺瑯質が弱くなる
唯物論も噛つた程度でも
相当社会批判の
足しにはならう
手当をなさい
あなたの思想膿漏を
可愛がつておやり
あなたの放浪質を、
味方ではある
亀井勝一郎へ
君の哲学は
糠をかへないドブづけのやうに
永遠に腐つて行きたまへ
君の日本ロマン派の旗は
もう洗濯が利かなくなつた筈だ、
綿々と語ることは知つてゐるが
直さいに語る努力をしない、
生活で忙がしい
せつかちな民衆の味方ではないが、
遺産で喰つてゐる
悠々たる文学青年の
味方ではある、
中野重治へ
なんと近頃の呼吸づかひの荒いことよ、
狼の荒さでなく
瀕死者の荒さをもつて
不安定な悪態を吐く
君は毒舌家でなく
諷刺家となり給へ
但し君のこれまでの思想を
観念主義の粒と
極左主義の骨とを
一度乳鉢で
丁寧に磨つてから
この情緒的なものを
諷刺に有効に使ふのだ、
どのやうに見かけの論争が激しくても
君のもつてゐる思想は
一つの焦点もつくらない
こはれたプリズムを
太陽の光線が避けるやうに
君の感情と思想が
四分五裂の屈折ある文章をかゝせる
君が敵とたたかふことは賛成だが
熊手でゴミを掻きよせるやうに
徒に我々の陣営へ
きたないものを近づけて混乱させる
君はどのやうな戦術家であるのか
島木健作について
彼が裟婆で原稿を売り廻つてゐるときにも
まだ牢獄の中にゐるときのやうに
苦しんでゐる
宿命論者よ、
その良心を人々はかつた、
ジャナリズムは歓迎したし
原稿は売れたさ、
だが牢獄の追憶が尽きたとき
題材がプツ
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