同することをもつて一生を終れ、
あなたは真の貧者の求めてゐる自由の
思想に対しては
撫でるか引つ掻くかの
二つより選んだためしがない。
未だ曾つて握手したためしがない。


窪川鶴次郎君へ

「前号の僕に対する窪川君の文章はふざけ切つたもので真面目な回
 答の必要を認めないので、この詩一篇を御歳暮に贈る」
僕は頼みはしなかつたよ、
君にこの世に生れてきてくれなどとは、
ところが宿命だね、
僕が生れてきてみると
君も生れてゐたことはね、
僕の文学の雑兵と
君の文学の幹部さまが
かうして現実に鼻突き合つてゐることは
理論もちがへば
肌も合はないよ、
生活もちがへば、
イデオロギーも喰ひ違ひさ、
お母さんがちがふために
かうもおたがひがちがふものかね
文明の世の中で僕は
ローソクの灯の下で詩を書いてゐるのは悲劇だね、
君はシャンデリヤの下で酔ひつぶれて
ヘドで詩を書いてゐる
月百五十円なければ暮らしてゆけないとは、
君の何処を押せば
さういふ良い音がでるのだね、
神よ、僕に月に十五円の定収入を与へ給へだ、
良い年をして甘つたれてくれるな
雑誌記者の前で法螺を吹くのはいゝさ、
だがそのまゝ法螺を民衆へ披露するのは
ちと民衆が可哀さうで御座らうて、
不渡り手形のやうな文学を書いて
民衆啓蒙も聞いてあきれる、
相当あつちこつち与太り廻つてきた
横線小切手のやうに
君の作品や理論がひねくりまはり、
読者の手許に着いたときは
結局一銭も預金がなかつたとさ、
文学の重役さまよ、
果してジャアナリズムは君に
安楽椅子を与へてゐるだらうか、
安楽椅子が君の上に
腰をかけてゐなかつたら幸せだね、


平林たい子へ

女の心は
バンジョウか
カスタネットか
こころが躍れば
身がふるふ、
あなたの心は
ビクともしない。
板額女
男嫌ひで
押す文学、
揺すぶりませうか
あなたの昔の想ひ出を
花|簪《かんざし》
桃割の日のことを
初恋の人もあつたでせう、
冗談ぢやない
あなたの心臓は
沢庵漬の
重石ぢやあるまいし
少しは伸びたり
縮んだりして戴きたい、
いまは
男は『叫び』の
女は『嗚咽』の
文学を書く時代です、
あなたにはそれが
全くない
女の美しい痙攣がない。


武田麟太郎へ

あなたは他人に
好色の戒めを仰言《おつしや》るから
私はあなたに文学の戒めを申しませう
あなたはリアリズムの
媒妁
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