そして詩とはなにか――、
詩とは鼻の落ちた人間のつくるものなら
呼吸するたびに心がふるへるものだらう
あゝ、馬よりも退屈な小説家
いたづらに鼻を鳴らす詩人、
真理を語り、道徳をとき、
交友を鼠算で殖やしつくる生活よ、
心熱ければアイスクリームをのみ
心ふるへれば外套を着る
一切が便利になつた
平凡を愛する世界の怖ろしい力よ、
乾杯
千里も向ふに汚ない唾をひつかけてやるために
若い妖精の群をつくる必要がある
思ひなやむな
暁の葉がこぼした
いつてきの露を地が吸つた
洗濯シャボンも使はぬのに
自然はいつもあんなにきれいだ
人間は心を洗ふ手はもたないが
心を洗ふ心はおたがひにもつてゐる筈だ
葉がこぼしたものを土が吸つたやうに
君の渡した美しいもので私は顔を洗ひたい
自然の子としての人間の力を祝福して
ある共同的なもののために
けふは乾杯しよう
夜の霊
粘り気の多い暗さの夜の中で
酔ひは私の心と眼をはつきりさせる
人の心の奥底にただよふ
かよわい優しいものが
ただ月のかがやきに掩はれて
私の酔つた心にうつらない
どこの家なみにも
夜を素直な生活の一日の終りと
たやすく運命を定めた人々の
寝息にも似た静かな話し声
ただこゝに酔ひと怒りとに
永遠を信じ、未来を信じ、
あすの日はたやすく敵にあけわたす城を
はげしくこばむ人々も絶えはしない
信ぜよ、夜の暗さの中に
眼をかがやかし冴えたる心をもつて
明日をまつ夜の霊のあることを
月下逍遙
夜露にぬれた路をとをつた
月は高くのぼり
孤独な丸さをもつて
人間界との距離をつくらうと
懸命な狡猾さで光り
その月は幾代も前から伝はる柩のやうで
すこしの新鮮味も感じない
私はその時かう思つた、
私は私の生活を一番よく知つてゐる、
神聖なものではない
醜い藁でつくられた巣のやうな生活
窓から月をながめるときも
純粋にはみることができない
打算的な眼光がそれに加はつた
この世には純粋無垢などといふものはない
それでも私はそれに近い生活をのぞんでゐる
混乱と苦痛との幾日
月夜はつづき
私はのべつまくなしに
人間の死といふことを考へつづけながら
夜となれば郊外を逍遥[*「逍遥」は原文では「ぎょうにんべん+尚、ぎょうにんべん+羊」]する
光つた道路よ
混睡状態にある私は
平坦な路も
坂を登るやうな心の苦痛で
路いつぱいに照してゐる月に
腹いつぱいの悪態を吐いてみる
おゝ、月よ、光つた道路よ
友よ、
いつさいのものよ、私をゆるしてくれ。
私の楽器の調子は
半生は満足するほど敗けたから
残りの半生を満腹するほど勝ちたい
ふるさとでの少年時代は
一日中、草の葉のゆれるのをみて暮した、
人間はなんにも語つてくれなかつた
波が終日私にさゝやいた
淋しい生活ををくつた
私がこんなに多弁な理由がわかるだらう
愛にも飢えてゐたから
いや愛するといふ方法を知らなかつた
私は復讐戦にはいりたい
敗北者たちの泣ごとは
私の周囲に鳴る鈴のやうに
快感を覚えても決して苦痛ではない
智識がどんなに私にとつてワナであつたか
学問がどんなに私の足を挟んで
前に倒したか
私はそれを知つてゐる
私の望んでゐたもの――、
それはどんなに無内容にみえても
新しい現実の基礎となるものを求めた
他人が私の詩を無内容だとか、
単純だとかいつて批難してきた、
それらの批難者も、詩人も、批評家も
いまは一人も影を見せない、
私の詩は将に詩ではない
殊にあの人達の理解の中での
詩であつてはたまらない
私の陽気も、強情も、
私の快活も、多弁も、
もつとも低級な意味で
本質的であれと思ふばかりだ、
私は待つてゐる
古い人間ではない
古い智識や、古い学問ではない
待つてゐるのは新しい人だ
私は確信をもつて歌ひ
生活をつづける
私の詩は新しい人に理解されるだらう。
泣虫共はただ一瞬の流れの上の
木の葉のやうに過ぎ去るだらう
私の楽器は
古い人達の楽器とは調子が合はない、
夜の小川
あゝ、人生の味といふものは
なんて舌の上に絶えずたまるものだらう
私は幾度コクリと嚥みこんだかしれない
いくら嚥みこんでも
いつもこ奴は舌の上に這ひあがつてくる、
自分の舌を自分で噛むほどの
愚かしい生活をつづけながら
命のあるかぎり
生きねばならないといふことは
どういふことだらう
桜草や三色菫はまだ咲かないのか、
冬のさくばくとした土の色からは
春の気配などはお世辞にも感じられない
ただ雲の流れは早く
人の死ぬことが度々あつて
私は朝の新聞の黒枠を見ると
いつも思はずニヤリと笑ふ
咆えるより能のない犬が
けふも空地で咆えてゐる
こ奴がもし咆えるかはりに
火を噴く動物であつたら
千匹も飼つてをいて
東に向けて放してやるのに
新聞でみるとバクチ打が屋根からとびをりて
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