睨めつけてゐた
大西がふと気がつくとサクラ子もまた
不思議さうに大西の股間のものを珍しさうに
首をかしげて眺めてゐたのに気がついて
育児係りの任務を思ひだし
あわてゝ水責めの奇襲を打切つて
こんどはどこからか大石を運んできた
投げをろさうとして蟇の頭上にもつていつた
蟇は全く死を怖れざる古靴であつた
悠々として歩るきまはる
『生命の中には死はなし
 死とは生命の外より来るものなり』
と哲人めいた達観ヅラで
ちよいちよい横眼で石をみあげながら進む
大西は石をもちあげたが
心の疲れでそれを蟇の上に落す力を失つた
――サクラ子ちやん、おぢさんは蟇に負けたよ。

   四十二

蟇が死を怖れない永遠の強者なら
詩人はよろしくそのやうに強くならねばならない
こ奴の厚い無神経な皮膚はどうだ
鉄仮面をかぶつたやうに
陥没した奥のところに光つた眼がある
西洋の歴史物語にでてくる
暴れる囚人に着せる皮の外套、狭搾衣、
蟇も詩人も生れながらにして
運命の狭搾衣を着せられたやうなものだ
そのとき蟇はかう言つてゐるやうだ
――肉体のあるかぎり、行為はあるさ、と
ところで詩人は運命に対しても行為に対しても

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