川には、小さな船、短かい竿がいちばんいゝ、
 きのふの秘書は、今日の雑役夫、
 愛は一日にして、古谷奴に横取りされたが
 あすはまた取り返してやる
 よろしい、愛が刹那によつて最高だとすれば、
 まずもつて俺の愛は完全であつた、
 これからは女といふものを
 あまり深刻には考へまい
 千切れ雲を追ふやうな寂寥の心で
 たゞ熱心に追つかけたらいゝ

   三十九

古谷秘書はりん子の傍でやにさがり
尾山清之助は台所でぶつくさ言ひながら
大根オロシで大根を擦つてゐる
大西三津三は縁側で
サクラ子を相手にオハジキをやつてゐる
食事がすむと育児係大西は
サクラ子を連れてぷいと家を飛び出す
郊外の土手伝ひに
二人は足にまかせて歩るきだす
とつぜん立ちどまつて蟻の戦争を見物する
――サクラ子ちやん、どつちの蟻が勝つと思ふ
――あたい、わからないわ
――そりや、おぢさんだつてわからないさ
 しかし結局。強い方が勝つにきまつてる、
 それが真理だ、
――ぢや、おぢちやん
 どつちの蟻も弱かつたらどうなるの、
――うむ、さういふことも確かにあるな
そこで大西は考へこんだが
適当な答へを引きだすことができ
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