と
いかに謹厳なる将軍も
莞爾と笑ふ
そして将軍らしく胸を張つて
おもむろに鬚をひねつて
札に向つて言ふ
――うむ、うむ、御苦労じやつたのう、
何が御苦労だ、
凱旋兵か、帰還兵か、斥候かを
迎へるやうに気嫌がよい、
出て行つたものは帰つてくるのが、
当然だといふ態度だ、
あゝ、だが私の詩人のところから
とびだした紙幣の斥候兵は
ただの一度だつて帰つてきたためしがない、
将軍が札束を前にして
やにさがつてゐる間に
戦況は刻々と変化し逆転してゐる、
夫人はデパートの電話をかける
すると自動車が玄関に現はれ
中から飛び出したものは
価格一千円の銀狐だ
夫人は狐を首に巻いて
姿見に立つてみると
狐の顔はにこやかに笑つてゐるやうに見える、
だが事実は反対なのだ、
狐の表情は笑つてゐるのではない、
夫人は狐の硝子製の一見生きたやうに
見える死んでゐる眼を怖れなかつた、
だが狐は夫人の胸元を
爪をもつて蹴りあげながら
――うらめしい
うらめしい
鉄砲がうらめしい、
猟師[#「漁師」に「旧帝制時代の廷臣。官僚」の注釈つき]は妻の毛皮の襟巻のために
イノシシの図案のついた札を数へて渡した、
一匹
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