五十四

大西はすべてのカタストロフ「終局」がやつてきたと思つた
あの女を叩きだしてしまふか、
サクラ子の毛布をうばひかへすか、
あの女と尾山と結婚させてしまふか、
育児係りの辞表を叩きつけてしまふか、
最後の勇気がいるときがやつてきたと考へた、
「君たちも変だよ、昼日中、雨戸をしめて
 睨めつくらをしてゐるなんて」
かういつてガラガラピシャンと雨戸をあけてしまひ、
ズボンのポケットから金をだして
ざらざらと畳の上に出す、
「サクラ子ちやんが、とつぜん踊るといひだしたんだ、
 所は銀座の真中で、
 そこで僕が歌ひサクラ子ちやんは踊つたよ、
 帽子をまはしたところが
 群集は僕の「託児所をつくれ」の
 名演説に感動してこんなに金を投りこんだよ」
すると尾山の顔にさつと暗い影が走つた、
「大西君、それだけはやめてくれ給へ!」
「教育上、よくないかね」
「さうはいはない、たゞ困るのだ」

   五十五

大西は興奮を始めた
「尾山君は、父親として自分の子供サクラ子ちやんと
 君の友人としての、この大西三津三を軽蔑してはいけない
 我々の行為が乞食の行為ででもあつたといふのか、
 サクラ子ちやんは踊りたいといふ純真の発露さ、
 僕は託児所の必要を痛感し
 帽子をまはして広く浄財を集めたゞけだ、
 働く母親をもつた労働者農民の家庭のためにも、
 君のやうなグータラ詩人の母親をなくした
 家庭のためにも
 託児所の建設は是非必要なんだ、
 僕は君の子供の育児係りとしてそれを痛感した
 僕は明日も銀座にでかけるよ、
 それが悪かつたら育児係りを辞職する」
「君の気持はわかつてゐる、
 僕もサクラ子の父親として恥じるものがある
 だが銀座にでかけることだけは勘弁してくれ」
「それでは僕は辞職する
 尾山君、サクラ子ちやんは
 至急母親が必要なんだよ
 君達の恋愛は結婚にすゝむべきだな、
 そしてりん子君は母親としての任務を果すべきだ」
そのとき女流詩人吉田りん子は不意に立ち上つた、
そして玄関の方に歩きながら
「大西さん、わたしは恋愛の自由は認めるけれどもね、
 女が母性の義務を負はなければならない
 そんな感情はもちあはさないの!」
すると大西三津三は瀬戸の火鉢を
平手ではげしく叩きながら
彼女の背後から「出て行け」と吐[#「吐」に「ママ」の注記]鳴りつけた、
「すべての女はみ
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