帰国しない、
これはいかなる頑固の性質に、加へていゝだらうか、
バブロフ教授は、その貴重な研究の成果を
新しいコンミニスト、科学者へ伝へてゐる、
9
シャリアピンは世界のブルジョア芸術家や聴衆を
その声量の大きさで驚ろかすばかり
各国の中流上流の生活者の
客間に話題をのこして
転々として歌ひ去つてゆく、
シャリアピンはしきりに叫ぶ、
声は私の芸術そのものではない―、
魂の奥にあるものを表現する手段です―、
私の芸術は声ではない―、声ではない―と、
シャリアピンの声は
演奏室の中の声といふよりも、
これは吹きさらしの共同農場の
穀物置場で
若いロシアの青年を前にして歌つたら
どんなに彼にぴつたりするだらう。
10
ストラウィンスキイは
演奏室を最悪の敵とした
これは聴衆の想像力の働きを
制限する憎むべきものだ、
演奏室は音楽を、或る種の鎮静剤として
一般民衆の間に虚偽を創造する
と彼ははげしく演奏室に反逆してゐる。
資本主義国の演奏室では
曲目選定の自由は制限されてゐる、
歌ふことの出来るものは
自己階級に忠実な歌ばかり、反逆的なものはゆるさない、
入場料金に依る聴衆の階級層は制限される、
あゝ、なんて料金の高さで
無産者を木戸口から
追ひ帰へしてゐるだらう、
11
人間の意志を行動化し
それに拍車を加へるのが
新しい芸術の目的であるのに
あゝ、なんて資本主義国の音楽演奏室では
音楽はアヘンの役目を果すのだらう、
シャリアピンは各国の阿片室から、阿片室を巡業する
自然の声に到達した、人間の声の所有者
シャリアピンは、その歌ふ所と時とを失つてゐる、
少女が舞台の上に花を置いて去る
するとわが偉大なる芸術家シャリアピンは
舞台に犬のやうに腹這いになつて花に接吻する、
ゴリキイに就いて話をすることは
政治のことを語らなければならなくなるからと
ゴリキイのことをシャリアピンは語らない、
「私は一生をたゞ、ミューズの神に捧げてゐるのですから―」
シャリアピンは、人間を語ることは
政治を語ることだといふことを知つてゐるのだ、
ゴリキイを語ることはソビヱットを語ることになる、
さてシャリアピンを語ることは、何を語ることになるだらう。
ゴリキイは明瞭だ、
シャリアピンはどんな政治的
背景をもつてゐるだらう。
12
彼、彼は、亡命者だ、
祖国がな
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