やうな、
ざわざわといふ、ざわめきが遠くにきこえ、
近づいてきた、
この得体の知れない主が
村を一眼に見下ろすことのできる
山の頂に辿りつき
これらの生きもの達は、不意に叫びをあげ、
村の上にその重い大きな胸をもつて倒れかかつた、
人々はハッと思ふと、もうこれらの群の姿はない、
ただ山といはず、野といはず村といはず、
すべてを掩つて白い雪のマントを
拡げて立ち去つた、
人々は始めてホッと長い長い溜息して
たがひに顔を見合せる。


    3

雪が来ると、この最初の雪は愛撫の雪、
山峡の村は一時ポッと暖くなり、
寂しい秋を放逐してくれた新しい
冬の主人を迎へたやうに瞬間感謝の気持になる、
村の娘たちの頬ぺたに朱が加へられ、
毛糸の青い手袋で、こすればこする程
頬は林檎のやうに赤く可愛くなつた。
寒気がつのつてくると娘達の頬は
こんどは紫色にかはつてくる、
水仕事や、薪切りや、父親が山から炭を
手橇で村まで運びだす後押しをしたり、
娘たちはさまざまの生活の
ヒビ割れが手や頬にできる、
漁師たちは冬がくれば杣夫になり
春がくれば百姓が今度は漁師にかはる
漁師はとほく牧草刈に行つたり、

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