反映した、
いまヴォルガ河よ、
沈着な河として
私達の喜びをお前へ披露することができる、
岸に倒れた百姓は
ロシアの百姓であつて
また決してロシアの百姓ではなかつた、
世界の百姓として――、
ヴォルガ河を枕として永遠に眠つた。
すでにして月は
イルミネーションとして君を飾る
君の沿岸に咲く野花の
なんとことごとく君の為めの花輪であらう、
すべてを冷静に眺めてきたヴォルガよ、
沈着な河、ヴォルガよ、
君はいま歴史を貫く国を
貫ぬいてゐる、
正義の河と言へるだらう。


泣上戸に与ふ

いまこそ悲鳴を精一杯あげる時だ、
いまこそ君の体から、肉の袋から
悲しみをすつかり
搾り出してしまふ時だよ、
誰にむかつて君は悲しむことを
はばかつてゐるのか――。
敵に向つて遠慮するのか、
それとも味方に向つて遠慮してゐるのか、
あゝ、それはお可笑しい、
遠慮するなどといふことは――。

曾つて荒々しく味方を
鼓舞した偉い人々は何処にゐるのか、
何をしてゐるのか、
何故――あの時のやうに
芝居の花路にさしかゝつて来ないのか、
民衆は、それを待つてゐる――。
それとも悲劇は敬遠し
喜劇だけは買つて出ようといふのか、
おゝ、同志よ、
階級の役者よ、
舞台をそのやうに選り好みしてはいけないのだ、
幕間なし、休憩なしの芝居のために
永久に
友よ、舞台を去る勿れ、
君よ、喜怒哀楽をぶちまけよ、
われらの運命、それは、
味方にも敵にも看視されるもの

悲壮を愛するものは悲壮に歌へ、
高く時代の煙りの中に立て
より多く煙りにむせべ、
けふの真実に悲しむのは
明日への用意のためだ、
悲しみの週間、まもなく終り、
その時沈黙をまもつてゐるものは
罪悪とならう、
その時こそあらゆる人々は
悲哀をうたはない、
だが今は精一杯悲しんでをいたらいゝ、
明日勇壮に歌ひたいために
私は悲しむ、
けふの真実を――。


私は接近する

かけ声をもつて
幾度勝利を約束し
幾度失敗したことであらう、
それでいゝのだ、
その為めにこそ
これら勝敗のめまぐるしさにこそ
私は生き抜くことに愛着をおぼえる、
その繰り返しのために――、
飾りたてた言葉をふりかざして
高らかに私は叫ぶ
愚鈍であつた今日一日の
生活のために唾をひつかける、
率直であり、聡明であつた日のために祝ふ、
たくさんの薔薇は咲いてゐる
だが私はその匂ひを嗅ぐひまをもたない、
私はそれが憤懣だ、
だが私はどうして薔薇を憎まれよう、
匂はぬ花へも私は鼻をもつてゆく、
私は行動的であり
攻勢的でありたい、
これらの態度を愛す、
あらゆるものは近づいて来ないだらう、
我々が近づいて行くのだ、
あらゆる未発見の
とりのこされた
遠慮勝な
逃げ去るものに
私は接近し、追つてゆけばいゝ、
突撃し、
私は言葉をふりかざして
これらの醜いもの、美しいもの、
味方をも、敵をも、
あらゆるものを捉へてゆけば満足だ、
そこには勝敗の悔はない、
手をふれるに先だつて
花弁《はなびら》が散らうと何事だらう、
私は少しも残念とは思はぬ、
時には無人の野をゆくごとくゆく、
私は行動に
愛着をはげしくおぼえるだけだ、
生々《なまなま》しい顔をした友よ、
生き抜けよ、
君の期待が
君の処に飛び込んで来るのを待つな、


愛する黒い鳥よ

気取つた、高慢ちきな、
常識的な世界に住む人々の
窓へ顔つきだして
醜い黒い鳥は悪態を吐いた、
この鳥の友情は理解されない、
――それで結構、
さういつて鳥は
最後の毒舌を吐いて飛んでゆく、
愛する黒い鳥よ、
お前は何処に飛んで行つた
私もお前の世界へ行かう。
あらゆる人間の言葉を
忘れてしまひにお前に尾《つ》いてゆかう、
そこではあらゆる激越な正義的な、
公然たる主張をゆるされるところ
すばらしいかな、
お前の国のお前の言葉を私は理解した、
私はお前のやうに歌はう、
曾つて人間界で使つたことのないやうな
独創的な言葉をもつて歌ふために
人間の世界に帰つて来よう、
そこでは私の歌が
何の内容もないといふ批評を受取りに、
そしてお前のやうに
人々の窓を片つ端から覗きあるかう、
ウルシのやうに黒い、
ただそのことだけで私は沢山だ、
光沢のある羽を見せびらかすだけで沢山だ、
鳥よ、
あいつらはお前や私のやうな
光沢をもつてゐない人種だ、
灰色の外套を着て、
灰色の帽子をかぶつて、
灰色の町へ遊びにでかける、
灰色の議論をして、
灰色のベッドに潜り込む、
彼等は色彩のついた夢をみる本能も
力量ももつてゐない、
彼等はだんだんと
精神の痴愚の世界へと
ずるずると陥ちこんでゆく
鳥よ、
お前と私とは単純な不吉な、
理解されない叫びをあげつゝ
彼等の死を祝ふさ、
歌へ、
巨大なわが精神の羽ばたきよ、心臓よ、
お前醜い鳥よ、
光沢のある歌
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