息を吐いたり、
不規則な心臓の鼓動よ、
動乱の世界の私の歌うたひよ、
いつになつたら一層良い環境で
私に喜びの歌をうたはせてくれるだらう。
IV
孤独の超特急
触れてくれるな、
さはつてくれるな、
静かにしてをいてくれ、
この世界一脆い
私といふ器物に、
批評もいらなければ
親切な介添《かいぞへ》もいらない、
やさしい忠告も
元気な煽動も、
すべてがいらない
のがれることのできない
夜がやつてきたとき
私は寝なければならないから、
そこまで私の夢を
よごしにやつて来てくれるな、
友よ、
あゝ、なんといふ人なつこい
世界に住んでゐながら、
君も僕も仲たがひをしたがるのだらう、
永遠につきさうもない
あらそひの中に
愛と憎しみの
ゴッタ返しの中に
唾を吐き吐き
人生の旅は
苦々《にが/\》しい路連れです、
生きることが
こんなに貧しく
こんなに忙しいこととは
お腹《なか》の中の
私は想像もしなかつたです。
友よ、
産れてきてみれば斯くの通りです、
ただ精神のウブ毛が
僕も君もまだとれてゐない、
子供のやうに
愛すべき正義をもつてゐる、
精神は純朴であれと叫び
生活は不純であれと叫ぶ、
私は混線してますます
感情の赤いスパークを発す、
階級闘争の
君の閑日月の
日記を見たいものだ、
私の閑日月は
焦燥と苦闘の焔[#「焔」の火へんを炎にしたうえで、へんとつくりをいれかえた字、焔の正字と同字]《ほのほ》で走る、
孤独の超特急だ、
帰ることのできない、
単線にのつてゐる
もろい素焼の
ボイラーは破裂しさうだ。
月の光を浴びて
私の悲しいと思つたときに、
月がのぼつてきた、
自然は私のもの人間のもの、
なんといふお誂らへ向きだらう、
そして私の機嫌はいつぺんになほつた、
大股に歩るきながら
そして私は考へるのだ、
とにかくわれわれは
敵に憎まれる必要がある、
その必要のためにのみ
貴重な口を開け、
大事な足を前に出せ、
傍若無人の行為は許されてゐるのだ、
――傍若無人はいけない、
といふものがあれば、それは味方ではない敵だ、
退屈な月夜を
泣いて暮らすのはいゝ気分だ、
だがそれは斯ういふ時世には
少しもつたいないだらう、
我々にとつて
もつとも解放的な夜といふものは
相手を嫌がらせる歌をつくつたり
計画を樹てたりすることだ、
毎日悲しく、
毎日嬉しい、
こゝろの中はいりまじつて
まるでよごれものさ、
私はいま自分の心を
西洋流に洗濯してゐる、
東洋流に
だらだらと一日中苦しまない、
だらだらと一日中、はしやがない、
悲しみも苦しみも
じつと堪へてゐる
一週間目毎に
かためてをいていつぺん[#「いつぺん」に傍点]にゴシゴシ洗ふ、
おゝ、この美しい
月夜のために我々は
冷静でをられるか、
我々の解放の時間は
先づ自分の手によつて
自分の周囲から
つくり出さなければならないから、
立つてゐる私に月が光りと影を与へるやうに――、
あいつは頭の中では
たえず労働者をほめてゐる
でなければ労働者にコビてゐる
あいつは頭の中では
月は美しいと思つてゐる
でなければ自然への追従だ、
心では月や労働者を
美しいと思ひながらも
美しく歌ふ力のないものよ、
おゝ、君はそのために苦しむのは正しい、
我々の新しい美学を打樹《た》てるために
苦しむのは良い
だが君の苦しみは
とかく退屈へ引継がれる、
人生の雑種として
どうせ私は殖民地生れ
混血児なんだ、
お気にさはつたら
御免なさい、
理解できなかつたら
勝手にしやがれ、
私は人生の雑種として
節操がない
すべての男とすべての女の
腹の中に
私は胤《たね》をおろさう、
私の可愛い子供が殖えるやうに
私の思想をバラ撒《ま》かう、
私の無礼な性格は
私のせいではない
諸君よ、
私の父親を恨んでくれ、
私は日本酒と洋酒と
ちやんぽんに飲む、
コスモポリタンだ、
どつちの国籍に属する酒が
私を酔はしたか
お医者もわかるまい、
日本的現実も
ソビヱット的現実も
わたしにとつては区別がない、
ただ癪にさはるのは
足の立つてゐるところの現実が
私に貧乏を押しつけたことだ、
そのことだけで
私は単純に怒る、
私は酔つて頭が混乱してゐるのに、
奴は道徳的平静を
しんみり味つてゐる
良い身分だ、
海に囲まれたこの島国で
私は三十五年間
現実と和睦してこなかつた
今更楯《たて》つくことはやめられぬ
舌はもの食ふばかりでついてゐない
噛み切るためにもついてゐる、
太陽は空をうろつき
下界では
日本のアスファルト舗道を
右に左に千鳥足
私は思想のタテヨコと
嘔吐《へど》をもつて
さんざんに汚すばかりだ。
自然物に就いて
疑りぶかい眼をもつて見たから
夕闇の中に白く咲いた
おどろくべき大きさの
夕顔の白い花に
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