悪い批評を歓迎する、
下僕共は主人の規律を守らうとして
過去の調和と道徳とを愛する、
 『人間が犯し得るあらゆる不善[#「不善」に傍点]は
  いづれも皆公然と聖書[#「聖書」に傍点]に記されたる
  もののみならずや?』――ブレイク
聖書もまた喰ひたい
私が犯す不善は
聖書の中に書かれてないから、
聖書は私の母ではない
彼は私を抱きしめることができない、
歴史はまだまだ聖書に
かゝれない偉大な不善を犯すだらう
然もその不善は
あくまで独創的で
我々のものでなければならない。


公衆の前で

感情も肉体も
あらゆるものを動員せよ、
ピアノは強く叫んでゐる
公衆の前で――、
手は鍵《キイ》をたたいてゐるとき
足がペダルを踏んでゐる、
そして頭が拍子をとつてゐる、
そのやうに
君は精神も肉体も
あらゆるものを調子よく動員せよ、
恐れるな、
君がどのやうに強烈に
公衆にむかつて
叫びだしたとしても
ハラワタなどが
飛び出す心配が
決してないだらうから、
口を結んでゐることは
決して意志的だとは限らない
間違ふな、
沈黙と、忍耐とを
口を結ぶのは
苦痛を堪へるその時だけだ、
口を開かせるにも足りない
小さな苦痛はお芽出たい
私は言葉の
追撃砲をもつてゐる
君も何か武器をもて
機関銃でも
曲射砲でも、
野砲でも、
君は銃口を開きつ放しで
間断なく弾をおくれ、
我々は鉄ではない
我々は生きた人間だ
我々はどのやうに叫んでも
射撃のために銃身の焼けることなどはない。


我等は行進曲《マーチ》風に歌へ

おのれの技術の未熟さを棚へあげろ
ロクでもない詩人は
日本語を呪ふ――。
ソビヱットへ生れかはつたら
果して彼は立派な詩が書けたか
私は保証ができない
彼はいふだらう、
どうもロシア語は韻律的ではないと――。
ぜいたく者奴が、
何処へ生れようが同じことだ、
情熱のないものには歌がない
君に教へてやらう、
どうして日本語がリズムを生むかを、
敵を発見したもののみが
感情が憎悪のために湧きたつのだ、
君は日本語の韻律に絶望した
そして言葉の孕んでゐる現実に
たよつて詩を書くことを主張する、
なるほど、なるほど、
言葉がリズムを背負こんで
君を訪ねてきたときだけ君は歓迎する
鶏がネギを背負つて
鍋にとびこんできたら
さぞ君は嬉しからう
だが何事もさうお誂へ向きにはいくまい、
君は新しい言葉、新しい形式を
鐘と太鼓で探しに行つたらいゝ、
我々にはそんな暇がない
我々は今日の問題について
今日の言葉をもつて歌ふのだ、
若いプロレタリア詩人よ、
我々は彼等のやうに
言葉に対して宿命論者であるな、
彼等は千万年もドモれ、
我等は
日本語に良きリズムの花を咲かせよ
我等はすべて
行進曲《マーチ》風に歌へ。


鶯の歌

それを待て、憤懣の夜の明け放されるのを
若い鶯たちの歌に依つて
生活は彩どられる
いくたびも、いくたびも、
暁の瞬間がくりかへされた
ほうほけきよ、ほうほけきよ、
だが、唯の一度も同じやうな暁はなかつた、
さうだ、鶯よ、君は生活の暗さに眼を掩ふなかれ
君はそこから首尾一貫した
よろこびの歌を曳きずりだせ
夜から暁にかけて
ほうほけきよ、ほうほけきよ、
新しい生活のタイプをつくるために
枝から枝へ渡りあるけ
そして最も位置のよい
反響するところを
ほうほけきよ、ほうほけきよ、
谷から谷へ鳴いてとほれ
既にして饑餓の歌は陳腐だ
それほどにも遠いところから
われらは飢と共にやつてきた
悲しみの歌は尽きてしまつた
残つてゐるものは喜びの歌ばかりだ。


幼稚園を卒業し給へ

続け、私の勝利の歌に、
君の歌が、
君の歌に、また私の歌は引継がれる
そして今日我々はバンザイを
揃つて叫ぶことに躊躇するな、
おゝ、友よ、私と共に
ブラボーを絶叫しよう、
君や我々は自分の純情をまもるために
実に立派な狡猾さをもつてゐる、
この狡猾さを
誇示するときに
あらゆる敵はまた好敵手として
敵の狡猾さをもつて立ち現はれる、
古い狡猾に対するに
新しい狡猾さをもつて答へてやるとき
我々の微笑もまた
彼等の眼には鬼のやうに恐ろしく見えるだらう、
更に我々は
この微笑をしだいに
憎悪の表情にかへてゆくとき
彼等の狡猾さは
単なる小賢しさであることを暴露しつゝ
最後の決戦を我々に向つて挑《いど》む
敵の千の表情と
万の感情の種類とを、
我々は我々のものとしなければならない、
単なる純情といふものが、
いかに愚劣であるかといふことに
気づいた瞬間
我々は始めて
戦術家の仲間入りができたときだ、
早く我々はこれらの
幼稚園を卒業しろ、
狡猾、悪行、憎悪、大胆、横柄、執拗
あらゆるこれらの敵のものを
我々のものと、財産としろ、
我々は彼等に
身をもつて接近しなければならない、

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