やうに
嵐の歌と日本晴の歌をうたふ
きのふと今日は激しくちがふ
私は何故そのやうに気まぐれであるか
私の過去はなんと不幸な生涯だつたらう、
私の首はいつも敵に咬へられてゐた、
私の生活はいつもふり廻された、
きのふは嵐、
けふは晴天、
明日はおそらく嵐だらう、
私は嵐と晴天の混血児だ、
私の生活は激変する空のやうだ。

貧乏とはそもそも詩であるか――
時折さう考へる
それほどにも私は詩を書いて
貧乏とたたかひ、
詩を書いて――自殺を思ひとどまる、
詩よ、私の生活、
私のタワリシチよ、
どうやら詩と私とはぴつたりしてゐるらしいんだ、
批評家よ、聖者よ、
プロレタリアの感情の規律を
どう理解したらよいか
それを私に教へたまへ、
おゝ、女の唇よ、現実よ、
かく歌ふその気まぐれに鞭を加へよ、
ぶつぶつ言ふ友よ、
君のために、君の鳴らない太鼓と
おつき合ひをして調子を落して
叩くなどといふことは死んでもいやだ、
君は君の太鼓の皮を取りかへ給へ、
私は私の太鼓を乱調子でうつ、
それが私の太鼓の個性なんだ、
すべての敵よ、私のために現はれよ
いりみだれた戦ひの美しさ、
私は反抗以外に何事も忘れた、
友よ、
君へ『ゾラ』の理性を引渡す、
私はシヱ[#「ヱ」の小文字]クスピアの狂気を引受ける。


魅力あるものにしよう

友よ、
私が突拍子もない声を出しても
驚ろいてくれるな、
君が悲しんでゐるときに
私が楽しく歌つてもゆるしてくれ、
君が笑つてゐるときに
私が悲しんでゐるときもあるのだから。
共に自由に
泣いたり、笑つたりしよう、
そして私達の将来の運命について考へてみよう、
たがひに離れ離れに住んでゐても
寝床の中で、そのことをじつと考へてみよう、
明日は街角で逢はう、
感想を述べ合はう、
私は夜通し泣いてゐても
君にはきつと笑顔をみせるだらう、
――私はさうした性格なのだから、

私を誤解しないでくれ友よ、
私はほんとうに
我々の運命を愛してゐるのだから、
――よし今日の運命が
  よきにつけ
  悪しきにつけてもさ、
私達は明日を約束できるのだから、
おゝ、我々が今現に立つてゐるところ
そこは曾つて我々が
遠くでみつめてゐた地平線であつたのだ
さらに、私達は眼をあげよう、
前方をみよう、
そこには新しい、暁の地平線があるだらう、

いくつかの地平線を越えた、
このやうに我々は前進してゐる、
その証拠には
君は靴の裏をみせ給へ、
そんなに減つてゐるではないか、
我々は約束しよう、
全感情をもつて――、
我々は共に旅をつゞけると、
あゝ、運命よ、
我々の運命よ、
私は幾度もこの言葉を
繰り返していつも心におもふ、
なんと魅力たつぷりの
言葉だらうと――
更に、更に、我々の運命を
魅力多いものにしよう、
我々の運命は我々の手によつて
如何やうにも切りひらかれるのだから。


ふるさとへの詩

ふるさとよ、
私は当分お前に逢はないよ。
お前は泰然自若として、
不景気のソファに
腰をおろしてしまつたね、
とにかくお前は
私の生みの土地ではあつたが、
たゞ私に瞬間、産声をあげさしたところ
お前は邪険ではなかつたが
決して親切とは言へなかつたよ。
私はミルクで育つたから
ママ母より、
私は牛がなつかしいよ。

ふるさとよ、
くる/\渦巻く水が谷間にあつた、
あそこは非常に静かなところであつた、
ピチピチとヤマメや岩魚が跳ねてゐた、
針をおろすとすぐ魚は針に飛びついた、
だから釣なんか、ちつとも面白くなかつた。

自若として落ち着いた
ふるさとの不景気な山よ、
炭焼小屋はケチな宮殿であつた、
あの小屋の中には
国民が一人ゐたつけ、
忠良な国民がさ、
蕗の皮をムイて
そいつを手でポキン/\と折つて
鍋にブチ込んで煮て喰つてゐた農民がさ、
あの六十数歳の国民はどうしたらう、

おゝ、ふるさとよ、
カタツムリのヨダレか、
お蚕のやうに
私の記憶から綿々とひきだされて
尽きないものよ、
私は当分の間お前に逢へないよ、
*をつけるために
お前が立ちあがるために
いつもぽけつとに*を忍ばせてゐる
悪人になつたよ、
――金持どもが我々を悪人だと言ふんだ
私たちは
いまとても陽気に押し廻つてゐるんだ
我々の所謂、悪人は、仲間は
ふるさとよ、
みんなお前をなつかしがつてゐるよ。


瑞々しい眼をもつて

瑞々《みづ/\》しい眼をもつて私は君を見る
君は、それに瑞々しい眼をもつて答へよ、
答へるべきだ、答へる義務があるだらう、
私はそれを、君に強制する、
君はハラワタを隠すな、
ズルイ魚屋のやうに、
理論的な水をぶつかけて
ウロコを新しさうに見せかけるな、
君を喰つたものは
みんな下痢するだらうから、
足から始めて
腰、胴、胸、眼と
おづおづ相手を、下から見上げることをやめよ
まつすぐに相手の眼をみて、
瞬間にして理解しろ、
峠の曲り角で
熊と人間がぱつたり逢つた
熊はそつぽを向いた、
人間もそつぽを向いた、
そして無事に行き違ひになることができた、
生物たちはそのやうに
たがひに眼を見合ふことを恐れる
君よ、そのやうに無事でありたいのか、
若し君の眼が熱した眼であれば、
私は君に倒されても悔いない、

私は一人の同志をスパイだと公言した、
私は熱した眼をもつて
無言で追求した、
私はあやまつてゐた、
彼は全く良い男であつた、
そのために私は何日苦しんだらう、
いまでもそのことを思へば
身体中の毛穴が
いちどに汗をかく、
一切の誤解は、生々しい眼をもつて
たがひに眼を見合はさないことから発する、
眼よ、階級的直情を自負してくれ、
私は君の直情に答へるに
どのやうな義務でも負ふだらう、
そのやうにして、そのやうにして、
そのやうにして、
あゝ、それはボウフラの
わいた眼でなく、
瑞々しい眼をもつて
数千、数万の眼をもつて
一つのものを溶かさう、


トンボは北へ、私は南へ

金とはいつたい何だらう、
私の少年はけげんであつた
ただそのもののために父と母との争ひが続いた、
私はじつと暗い玄関の間で
はらはらしながら二人の争ひをきいてゐた、
母はいつまでも泣きつづけてゐたし
父は何かしきりに母にむかつて弁解したゐた、
朝三人は食卓《テーブル》にすわつた
父が母に差し出す茶碗は
母の手に邪険にひつたくられた
父はその朝はしきりに私をとらへて
滑稽なおかしな話をして笑はせようとしたが
私はそれを少しも嬉しいとは思はなかつた、
金とはなんだ――。
親たちの争ひをひき起すもの
あいつはガマの子のやうなものではないか、
ただ財布を出たり入つたりする奴。
私はそつと母親の財布をないしよで開けてみた、
だが財布のガマの子は
銀色になつたり茶色になつたり、
出たり入つたり、しよつちゆう変つてゐた、
なんといふおかしな奴。
しかしこいつは幾分尊敬すべき
値打のあるものにちがひない、
少年の私はこの程度の理解より
金銭に対してはもつてゐなかつた、
童話《めるへん》の中の生活は
生活の中の童話《めるへん》でもあつた、
現実と夢との間を
すこしの無理もなく
わたしの少年の感情は行き来した、
だが次第に私は刺戟された、
現実の生々しいものに――。
そして私に淋しさがきた
次いでそれをはぎとらうとする努力をした、
私はぼんやりと戸外にでた
そして街の空を仰いだ、
この山と山との間に挾《は》さまれた小さな町に
いま数万、数十万とも知れぬ
トンボの群れが北へ北へと
飛んでゆく
私の少年はおどろき
なぜあいつらは全部そろつて北へ行くのか
あいつらは申し合せることができるのか
素ばらしい
豪いトンボ、
何処へ何をしにゆくのだらう、
なかには二匹が
たがひに尻と尻とをつなぎあはせて
それでゐて少しもこの二匹一体のものは
飛ぶことにさう努力もしてゐないやうに
軽々として飛ぶ群に加はつてゐた、
それを見ると私は
理由の知れない幸福になれた、
そしてそのトンボの群の
過ぎ北へ向ふ日は幾日も幾日もつゞいた
私はそれを毎日のやうに見あげた
夜は父と母とが夜中じゆうヒソヒソと
金のことに就いて争つてゐるのを耳にした、
私は金銭や、父や、母や、妹や、
其他自分の周囲のものではなく
もつと遠くのもので
きつと憎むべき奴がどこかに隠れてゐるんだなと考へるやうになり
そいつと金とはふかい関係があるやうに思へた
またそれを探らうとした、
トンボは北へとびそれを見る私の少年は
トンボを自分より幾倍も
豪い集団生活をしてゐるものゝやうに考へ、
そしてしだいに、自分が愚かなものに見え反逆を覚えだし
トンボよ、
君は北へ揃つて行き給へ、
僕は南の方へでかけてゆかう、
さういつて私の少年は南へ向けて出奔した、
最初の反逆それは
私は故郷をすてることから始まつた。


なぜ歌ひださないのか

さよなら、さよなら、
さよならと歌ふ
中野重治よ、君は
最後の袂別の歌をうたふ
赤まんまの花を歌ふなと、
君は人間以外のものに、
事実は人間そのものにも――
最後の否定的態度を示した詩人だ。
君は最後の――、
そして私は最初の
肯定的詩人として今歌つてゐる
中野重治よ、
ブルジョア詩の技術の引継ぎでは
我々の陣営での
クライマックスを示したのは君だ、
だがそれはインテリへ伝はつたが
労働者へは伝はらない
それは君がプロレタリア詩人として
攻勢の詩人ではなく
守備の詩人であつたからだ、
もし君と私とが仮りに
枕をならべて自殺したとしたら
世間の人はなんと噂するだらう、
中野重治は悲観して死んだと
そして小熊も同様に悲観してか、
いやいや私の場合はちがふ、
私は全く違ふのだ、
私は大歓喜のために
死を選ぶといふことも考へられるのだ、
生も肯定し
死も肯定する
私は何といふ慾張りだらう
中野重治よ、君はなぜ歌ひださないのか、
女達が味噌汁の歌をうたふことも肝心だが、
男達は「力」の歌を
うたふことがより必要だから
君は君の魅力ある詩のタイプを
再び示せ
たたかひは
けつして沈滞してはゐない、
たたかひはいまたけなはだ、
守備のために――、
攻勢のために――、
それはどのやうなタイプであつても構はない、
たたかひのために
我々は技術のあるつたけを
ぶち撒けよう、


太陽へ

それ夕暮がきた、朝だ、
昼だ、
もう夕暮がきた、
一日の通過のすばらしい早さよ、繰返しよ、
あいつ太陽よ、
草を一瞬間、温ためて去る、
お前は、我々のめまぐるしい生活に
手錠をはめて引きずつてゆく。
コンクリーの上を、砂利の上を、
丘陵の上を、河の上を、
あらゆるものの上を、
あらゆるものに影を与へて
その影を片つぱしから消してゆく。

太陽よ、
約束をしろ、
われわれの待つてゐる出来事を、
われわれのために
美しい五色のテープを
投げかける日を誓約せよ、
お前は早く通つてゆく、
だが我々は冷静でありたい
お前はまたのろのろと通つてゆく、
だが我々は興奮しよう、
お前は年とつた姉のやうに
我々を愛してはゐるが理解がない、
お前は急速に
光つた繩を引きずつてゆく
そしてあらゆるものの足を光りでさらふ。

暁――、お前は恐怖の入口から現れて、
夜――、お前は恐怖の谷に隠れる、
恐怖と恐怖の中間に
人間は無数に往復するばかりだ、
虫は人間よりも
ずつと悠然と飛びまはり
はにかむ事を忘れないのは花許りだ、
暁、お前太陽は我々を引ずつて行つて
夜の中においてきぼりにする、
我々は生活のために充実した夢を見るか、
でなければ馬鹿々々しい忘却の夢だ。

太陽よ、
出口を示せ、出口を指させ、
入口があつて出口のない
世界があるとは私は信じられない
探す、そいつを、探せ、君も、
あいつ太陽が
暁と夜とをすばやく走りさる
一瞬間の時間に急速に。


接吻

ロシヤ人よ
君達の国では
――たふれるまで飲んでさわいだ(註1)
あのコバーク踊りは、もうないだらう。
だが悲しむな、
ドニヱプルの傍には
君等の心臓は高鳴り、踊つてゐるだらうから、
君等は飛び立つた、夜鶯《ナイチンゲール》のために悲しむな、

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