私はけつして浮かれてゐない、
私は突然に生れてきたものではないし
何等特別な経歴がない、
私はプロレタリア、
私は彼等のために
俗に平凡と名づけられる
生涯をこれまで押しつけられて
こゝまで長生してきたのだ、
だが今は決して通俗的な階級でない、
特異なものだ、
我々が痙攣を終へたとき
彼等が痙攣を始めた
恐怖の身ぶるひを――、
我々はこれを見てゐる
我々は惨忍を愛してゐない、
だが今は愛さなければならない
この行為は認められる、
我々の相手よ、
針の千本ものんで苦しめ、
首に麻繩を千べんも巻け、
鬚を剃るためのカミソリは
すぐ咽喉のために用意されてゐるのだから、
労働者たちは性格の
特異性を最大級に
発揮しなければならないし
インテリゲンチャの泣きごとは
戦ひの良い伴奏曲だ、
少くとも彼等が神を信ずるやうに
我々は我々の行為の信仰に
階級的ヱゴイストでなければならない、
生活を特殊化し
魅力あるものとせよ、
我々の冷静にはいつも魂胆がある、
彼等にとつては
覗《うかゞ》ひしれない
それは深いところにある。
調和を求めて
私のいちばん求め愛着のあるものは
それは調和だ、
あらゆる調和だ、
私はそれを求め、
達しられないために悩む、
はげしい嵐の中の立木が
堂々と風と闘ひ
みぶるひをしてゐるのを見るのは気持がよい
だが大きな岩石の蔭に
小さなスミレの花を発見することは
この上もなく悲しい、
巨大な機械の傍に
太い体の労働者が
突立つてゐるところをみると
なんといふ良い調和だらうと
私はヨダレを垂らしながら
いつも羨やむ、
立派な肉体や、強い意志や性格は
私にとつて良い嫉妬の対象である、
私は私なりにもつともピッタリとした
行動を求めてゐるのだが
ともすれば私の周囲の出来事の
大きな不調和な
矛盾の中にとびこんでしまひ
そしてあつちこつち小突き廻される、
単に威嚇的な身振りをして
己れの力を
敵の前で労費することは
私にとつてこの上もなく苦痛だ、
強がりや、こけをどかしの生活は
なんていやなことだらう、
驚嘆すべき力といふものは
いつも最も調和された
完成された形で現れるものだ、
だが――私は
強い石の傍《かたはら》の弱々しいスミレのやうに
「矛盾の美」をもつて、
「弱者の美」をもつて、
まだ他人を感動させようとしてゐる、
この二つのものは決して調和してゐない、
私は可能な力をもつて
小さな矛盾から解決していかう
そして之等のものを
新しい時代の
高度に調和的な世界に導くために
私は苦しまう、
調和的なもの不調和なもの、
同時にこの二本の剣を呑んだ
軽業師《かるわざし》のやうに
私は何時も咽喉や心臓の中で
絶えずこの二つのものの争ひは絶えない、
一方は一方の剣を切つてゐる、
そして苦しんでゐるものは私の肉体だ。
底本:「新版・小熊秀雄全集第2巻」創樹社
1990(平成2)年12月15日第1刷
入力:八巻美恵
校正:浜野智
1998年9月1日公開
1999年8月28日修正
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