主義になるといふことを
たがひに警戒しよう、
友よ、我々はこれらの批評家や
虎視眈眈《こしたん/\》たる多数の眼の輝やく中に
悠々として信ずるところの
作品を書き流さう、
批評家の凌辱をこばめ
君の作品にもし貞操があるとすれば――、
我々はむしろこの種の批評家に
黙殺されることを感謝していゝ、
友よ、批評家や、作家仲間の批評を
目標にして作品を書くな、
我々は大衆読者に直接愛されれば
それでいい――。


敗北の歌ひ手に与ふ

敗北の歌はしづかにきこえてくる、
君の肉体は良い声を発する
悲鳴と悔いと怖れと苦しみとの声
周囲の物、たとへば君の隠れ家の
扉がそのときどきのやうに
怖ろしい音を立てて軋《きし》つたか、
君はその物音に聴き耳をたてた、
敗北の君にとつては周囲のものすべてが
君と調和してゐる、
永遠の時間を
君が一瞬間占有して
敗北をうたひつづけることは自由だ、
ただ君の泣きつづける大胆さに
私は敬意を払ふだけだ、
然し私は君と共に
敗北の歌をうたはない
君は知つてゐる
針でついたほどの
小さな勝利をも発見することを――。
それを知らない君を哀れみながら、
私は私の時間を使用するために
君の妄想の小屋から出てゆく
そして路をゆく
私は右足と左足とを
かはりがはり単純に繰り返しつつ――。
私の旅立ちの愚劣さを
君に軽蔑されながら私は歩るいてゆく、
それで構はない
さまざまなところで夜となると眠る、
さまざまな夢をみて
そして圧倒的な強烈な光りを
周囲に投げかけて太陽が
のぼつたとき私は床を離れる、
私は太陽や、麦の匂ひや、
ザクロの赤さや、若い馬を
非難する言葉を知つてゐないから
君のやうに敗北の歌にこれらの物を
たたきこむ言葉をもつてゐないから――、
君が己れの敗北を肯定するやうに
これらのものの健康さを私は肯定する、
君の眼から私はいつも
苦痛を知らない
喜劇的な無智な男にみえるだらう。


空の青さと雲の白さのために歌ふ

空はあくまで青く、
雲はあくまで白く、
私達のために
私達の眼のとどく限り空は展開されてゐた、
ハムレットのセリフではないが
クジラのやうな雲の形は
見る見るラクダのやうに形を変へてゆく。
私はこの自由に移りかはる雲を
引きもどす何の神通力をもつてゐない
だが私の眼は
その雲をどこまでも何処までもと
追つてゆく力がある、

いま世界で
何人の人間がお前を見上げてゐるだらうか、
雲よ、
お前はそれを知つてゐるだらうか――。
あらゆる階級が
あらゆる処から空を仰いでゐるだらう、
幸《しあは》せなもの、
空よ、雲よ、
お前はあくまで我々のために動くものであれ、
その青さと白さの
明瞭さの為めに
私達は何時も
晴れた日のお前たちを
勝利の緞帳《どんちやう》のやうにも見あげる、


忘れられた月見草に

幸福でありたい私の詩人よ、
不幸はどんなに
辛いことであるか、
不幸――、そんなものはもう沢山だ、
だが他人は無理をしないで
順々に幸福になつたらいゝだらう、
まだ苦しみ方の不足してゐる
インテリゲンチャは
身悶えして苦悶をし給へ
一人の友が苦痛を訴へるとき
一人の友は苦しんでいけないなどといふ
私はそんな権利はない、
私には他人の苦しみを批難する権利を、
誰からも与へられてはゐない、
苦しむものは
むしろ私の良い親友だ、
月夜に月見草が
ぽつねんと白く咲いてゐるのに、
誰もそれを見てゐない、
私だけがそつと花の傍に立つて
しきりに花にしやべつてゐる、
苦しむもの、見忘れられてゐるもの
孤独なもの、
人間以外のものにも
よき友となるために
私の仕事は「発見」あるのみだ、
生きた人間が
最大の声をあげて
苦悶を訴へてゐるときに
優しく肩を叩いて慰めてやる前に
大きな手で口をふさいで
やるなどといふことが出来るだらうか、
友の苦痛の深さに答へるために
友の苦痛に負けない
歓びの歌を私は歌ふために努力しよう、
私は英雄でない
私は民衆の指導者ではない、
私はあらゆるものの教師となることが大嫌ひだ、
私はうぬぼれない、
私は憎むべきものと争ふ
若干の力のあることを信ずるだけだ、
友よ、
苦しめ、君は私の
親しい合唱《コーラス》として、


怒り虫として

愚劣で
なんの主張もないやうな
君の唇は噛み切つてしまへ
沈黙は怖ろしい
忘却は恐怖そのものだ、
私は嘆息するとき
肉体が衰へてしまふほど
ながいながい間、
咽喉は汽笛を鳴らしてゐる
私は怒り虫として
毎日、毎日新らしい遺言を書き続けてゐる、
憤怒は実に嬉しいものだ、
民衆は漬物桶の中にゐる
重石《おもし》で圧迫されてゐる、
うまい具合に醗酵してゐる、
私の心臓もナスビのやうに
うまい具合に漬かつてゐる
良い味のある歌をうたふのだ。


伴奏曲

静かな良い夜に

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