の謙遜さは誰も見てゐない、
だが私は豹のために
一歩も路をゆづることを恥ぢる、
行動を愛するもののみが
行動を楽しむことができる、
私はそれだ――
私は将に戦ひの享楽児だ
たたかふことの生涯のためにのみ
詩人といふ言葉はゆるされるだらう。


II


しやべり捲くれ

私は君に抗議しようといふのではない、
――私の詩が、おしやべりだと
いふことに就いてだ。
私は、いま幸福なのだ
舌が廻るといふことが!
沈黙が卑屈の一種だといふことを
私は、よつく知つてゐるし、
沈黙が、何の意見を
表明したことにも
ならない事も知つてゐるから――。
私はしやべる、
若い詩人よ、君もしやべり捲くれ、
我々は、だまつてゐるものを
どんどん黙殺して行進していゝ、
気取つた詩人よ、
また見当ちがひの批評家よ、
私がおしやべりなら
君はなんだ――、
君は舌たらずではないか、
私は同じことを
二度繰り返すことを怖れる、
おしやべりとは、それを二度三度
四度と繰り返すことを云ふのだ、
私の詩は読者に何の強制する権利ももたない、
私は読者に素直に
うなづいて貰へればそれで
私の詩の仕事の目的は終つた、

私が誰のために調子づき――、
君が誰のために舌がもつれてゐるのか――、
若し君がプロレタリア階級のために
舌がもつれてゐるとすれば問題だ、
レーニンは、うまいことを云つた、
――集会で、だまつてゐる者、
 それは意見のない者だと思へ、と
誰も君の口を割つてまで
君に階級的な事柄を
しやべつて貰はうとするものはないだらう。
我々は、いま多忙なんだ、
――発言はありませんか
――それでは意見がないとみて
  決議をいたします、だ
同志よ、この調子で仕事をすゝめたらよい、
私は私の発言権の為めに、しやべる

読者よ、
薔薇は口をもたないから
匂ひをもつて君の鼻へ語る、
月は、口をもたないから
光りをもつて君の眼に語つてゐる、
ところで詩人は何をもつて語るべきか?
四人の女は、優に一人の男を
だまりこませる程に
仲間の力をもつて、しやべり捲くるものだ、
プロレタリア詩人よ、
我々は大いに、しやべつたらよい、
仲間の結束をもつて、
仲間の力をもつて
敵を沈黙させるほどに
壮烈に――。


論争に就いて

私は友の軽快な議論をきいた、
その夜は疲れて気持よく熟睡することができた、
我々は何故このやうに議論し
何故このやうに口を尖らし
唇を、フリュートのやうに鳴らすのか
そのことを避けてはならない。
青年よ、
議論を避けるとき
君は常識家となるだらう、
東洋流に、議論を軽蔑してはいけない。
愛を語るとき、正義を語るとき、
愛は、正義は果して単純だらうか――
君と私とが一本の接木のやうに、
うつかりと妥協はできない、
一本の接木の枝のてつぺんから
怪しげな実を結ぶことはよくない、
争へよ、
君は君の血管のために興奮してやりたまへ、
君の若々しい細胞のために
夜を撤して語ることは悪くない、
若くして超然たる、若老人《わかどしより》を軽蔑してやらう、
沈黙は必ずしも偉大ではない、
君が若し沈黙を愛するなら、
相手の、君に対する憶測と誤解とを警戒し給へ。
最前の努力をもつて
真実のために語れ、
泡立つ青年の言葉をもつて語れ、
勝利を語るために遠慮するな、
静けさを求める者のためには
墓へ通ずる小路がある、
こゝには一切のものが停滞してゐる。
体力的であることの、青年らしさよ、
我々はけふ中心的な問題に就いて争ひ、
明日笑つて握手しよう、
劔をのむやうな技術をもつて
鋭利なものを嚥みくだす咽喉よ。
太い糞をするために
小さなケツの穴であるな、
あゝ、何と罵しりをもつて
終始する日が続くことだらう、
だが、私は決して悲しまない、
議論をもつて君が私と直面する刹那に、
君は火花のやうに、
私の胸へ理解を叩きこんでくれる。


姉へ

アカシヤの花の匂ひの、
プンと高く風にただよふところに――、
私の姉は不幸な弟のことを考へてゐるでせう
酔つてあばれた
ふしだらであつた弟は
いまピンと体がしまつてゐるのです。
そして弟は考へてゐるのです、
苦労といふものは
どんなに人間を強くするものであるかを。
私は悲しむといふことを忘れました、
そのことこそ
私をいちばん悲しませ、
そのことこそ、私をいちばん勇気づけます
私が何べんも都会へとびだして
何べんも故郷へ舞ひ戻つたとき
姉さん、あなたが夜どほし泣いて
意見をしてくれたことを
はつきりと目に浮びます、
――この子はどうして
 そんなに東京にでゝ行きたいのだらう、
弟はだまつて答へませんでした、
運命とは、私にとつて今では
手の中の一握りのやうに小さなものです。
私はこれをじつと強く、
こいつをにぎりしめます、
私は快感を覚えます、
――私は喰
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