どんなに燃えてゐるか
敵に対する憤りの激しさを
火を噴くうなりのはげしさを
はつきりときいてきてくれ。
才能を与へ給へ
私は何者かの代理となつて
抗議しなければならない
自分のためにか、
あるひは他人のためにか、
あゝ、それは今しやべつてゐるものではなく
いまダマッてゐるものに
かはつて抗議の先頭に立たう、
あゝ、それは今走り廻つてゐるものでなく
いま足止めを喰らつてゐるものに
かはつて抗議をしてやらう、
高い――、
それは憎悪の大てつぺんの塔だ、
低い――、
それは悲哀の奈落の底の底だ
この高いところから
低いところまで
往復する私の肉体の消耗よ、
叫び、駈け廻つてゐるものは救はれてゐる、
だが、だまつて涙を
流してゐる弱い者はどうか
これらのもの達にかはつて
舌をうごかさう、
私の肉体を、
ぞんざいに使ひまくらう、
神よ、私にお前や
敵を罵る
悪口雑言の才能を与へよ。
散兵線
カーネーションの花に接吻する
呆然と河の流れに眼を凝らす、
夜つぴて思索する
女に逢ひに出かけてゆく、
読書し、詩を書く、
お巡りさんに頬ぺたをはり倒される
何故このやうに
さまざまの事件の
渦中にとびこんでゐるのか、
すべては、すべては、
向うさまの御意のまゝである、
あゝ、そして私の生活は
一度にカッと歓喜と苦痛とに
細胞は新しくなる、
歴史は井戸換へを要求した、
私は素直に服従した
いまでは新しい思索の水が
あふれ出る、
そして今では
をそろしく咀嚼のよい胃の腑と
乱雑な労働に堪える心臓をもつてゐる
享楽も、そぞろあるきも
あらゆる真面目、不真面目な
生活上の事件で
有用でないものは一つもない
皿の上のものはみんな喰つてしまふ
貪慾極まりない、
みんな血となり肉となる
労働の肉体では
いま新しい細胞が
散兵線を敷いてゐる。
甘い梨の詩
真夜中の人々の
寝息はきこえない
何処かで深い穴の上げ蓋をあげ
そこに一人の男が引き入れられるやうに、
私はともすれば夜のしづけさに私自身ひき入れられさうだ
私はほんとうに
このやうな時間に
このやうな態度で敵にむかつての反逆の詩をつくる、
そのことを嬉しいことと思ふ、
私の仕事のために
誰か私を支持してくれるだらう。
私は読者に注文を発しない、
私はどつちかの岸に立つてゐる
その岸の方の人々が私を祝つてくれるだらう。
それから先づかうして真夜中の仕事の為めに机の上の甘い梨が一つ
私の仕事を終へることを待つてゐてくれる
それにかぶりつく皮のまゝ、
腕白な子供のやうに。
汁はしたたり落ちる
赤衛軍騎兵の馬が数十里かけてきて
小川の水に飛びつくやうに、
「芸術は汗を掻くことだ――」といふ誰かの言葉をおもひだす
甘い汁は頑強にたれ皮と肉とを離すまいとする
私の歯はこれにクサビやテコの役割をしガックリと梨の肉を離した。
みると私の歯ぐきは破れて梨は血だらけだつた
然し梨子奴は汁をしたたらせることを止めない
むしろ裂け口から前にも増して猛烈に垂れる
私はその甘さを貪慾に吸ふ
私は梨とたゝかつてゐる
何と愛すべきユーモアよ、
そして私の血だらけの梨は甘い
このやうな態度にも現実に喰らひつきたい、
一てきの汁もこぼさぬ貪慾さをもつて、
梨のやうにも現実をしつかりと両手で捕へて――。
マヤコオフスキイの舌にかはつて
ウラジミル・マヤコオフスキイよ
君の舌はこの世にないから
もうこの世ではしやべれないだらうから
私がかはつて過去から
君の舌の仕事を引継がう、
君は自殺した、
猛々しいすぐれた詩と、
哀れにすぐれた詩とをのこして、
君は労働者のための詩人であつたが、
労働者の悪い部分を
のゝしる力がなかつたのは惜しい、
もう私達の人生に対する考へ方は
不平や、憎悪に水を加へることによつて
薄められはしようが、
決してなくなりはしないだらう、
君はソビヱットを讃へた
決して楯つきはしなかつた
だが君は自分の生を否定した、
君は君の肉体の中のソビヱットを
否定してしまつたことはどうしたわけだ、
註釈なしの辞書なんてこの世に
あるとは私はかんがへられないんだ、
無条件な愛するソビヱットなどといふものはない
可哀さうなマヤコオフスキイよ、
人間は自分に註釈かルビが
つかなくなつたとき
自殺をするんぢやないだらうか、
君は批判の詩をつくつた
――そこでは肉の中から怒りだすのか
それともズボンの中の雲のやうに
罪もなくおとなしくしてゐると
どつちが好きだと君は民衆に訴へてゐた、
真実君は肉の中から怒りだして歌つた、
民衆や歴史が
まだ君の問題に答案をかゝない間に
マヤコオフスキイよ、
君の純情よ、
そのやうな純情であれば
私もまた君と同じやうに自殺したいのだ、
私は歴史の前に頭を下げる、
私は苦しいが、
この必然性の前には自信をもつことができる、
女たちのために
プロレタリアの色男を気取ることもできる、
私は君のやうに肉の中から
精神を叫びだしてはゐない、
私はそれがとても怖いのだ、
君のやうに肉とズボンのポケットに
君の精神をあつちへ入れたり、こつちへ入れたり
してゐる間に、精神をなくしてしまふやうなことが怖いのだ。
マヤコオフスキイよ
君は我々後進者の教師だ、
生きてゐるものにとつて
君の自殺は昨日の出来事だつた
私は昨日の出来事を見落さない
私にとつてもソビヱットにとつても
世界のプロレタリアにとつて
君やヱセーニンはルビだ註釈だ、
そして我々の辞書は豊富になつた、
自殺といふ頁を繰るとすぐ君等がでゝくる。
その意味でも君の死は、
プロレタリア的死は
無数のタワリシチの死と共に意義深い、
死ぬほどに苦しんだ君よ、
マヤコオフスキイよ、
君は
『日の牡牛はまだら
年の荷馬車《アルパー》はのろい――』と
立派に歌つてゐたのにかかはらず
情熱は手綱をきり馬を突離してしまつた君よ、
私は君のやうな自殺はできない
死よりも、生きる責任の強さのために、
よし、たとひその生が
死よりも惨めなものであつても――。
新らしい青年へ
彼はクソ真面目な
わからず屋のやうな青年だ、
彼は不機嫌な顔をしてゐる
ときどき大きな声で爆笑する、
彼はふかく沈黙し
彼はつよく雄弁になる
彼はもう敵の言葉を借りない
彼は青年の言葉で語る
この青年は過去を忘れたのではない
過去を知らないのだ、
彼は全く新しいのだ、
これからつぎつぎと引き起される過失もまた
新しい過失であつて
古いそれではない
彼はそれを避けられないだらう
過失を起す勇気をさへも、
新しい成功は
彼の計算したもので
新しく始められる
彼はもう卑《いや》しくならない
疲れることの知らない
青年の生命、
花の上の蜜蜂、
断えることのない労働の子、
彼は新しい
足の裏をもつてあるく
新しい大地を――
彼は古い麻痺から脱れた、
そして新しい麻痺が
彼を愚鈍にすることを
警戒せねばならない
麻痺を救ふものが
若い行為であることを
忘れてはゐられない
現実の砥石
君よ、早く材木屋に
行つてきてくれ
何しに、材木を買ひにさ、
それで座敷牢を建てるんだ
誰のために
君が入るためにではない
自由といふ我儘者が入るためにだ
執念ぶかい貧乏と
たたかひながら生活してゐると
自由の騎士は気が益々荒くなる、
飯は喰へず
いたづらに詩が出来るばかりだ
私の野放図な馬鹿笑ひは
肥えた方々の機嫌を損ずる
現実は砥石さ、
反逆心は研《と》がれるばかりさ、
かゝる社会の
かゝる状態に於ける
かゝる階級は
総じて長生きをしたがるものだ、
始末にをへない存在は
自由の意志だ、
手を切られたら足で書かうさ
足を切られたら口で書かうさ
口をふさがれたら
尻の穴で歌はうよ。
慾望の波
1
彼は人々の生活をじつと凝視した
するとヒシヒシと悔に似たものが襲つてきた、
居ても立つても居られない程になり
悔は苦しみに変つてきた
黙々と人々は生活する、
辞書の「××」といふ言葉を人々は忘れない
依然として反抗といふ言葉は
反抗といふ文字として変らない
ただ変化したのは人々の
争つてゆく方法であつた、
人々は平穏を何よりも愛してゐた、
最も消極的な形で
自己の生活の周囲に垣をつくつた、
その垣は己れの主人の
垣と隣り合つてゐるといふ意味で
最も安心な平穏な垣であつた、
彼は人々がそのやうに
執拗さをもつて争ひを
避けてゐる様子をみるとき
己れの悪魔のやうな性格を恥ぢつゝ
人々の平穏に
新しい苦しみを植ゑつけることが
果してあの人々にとつて
幸福となるか
悪魔はまたこの人々にとつての
悪魔の招来を約束できるか
どうかといふことに疑ひ始めた。
2
明日のことは判らない
ただ明瞭なことは彼自身の
もつてゐる慾望の性質である。
あらゆるものを征服し
尽さうとするときの
彼の行動は
どのやうな死のやうな
静かな野へも風を捲き起す
しづかな野や其処に生活する
ものにとつて果して彼の行動は
愛され感謝されるだらうか
彼の慾望は高い
低い慾望家たちにとつて
彼は何時も嫉妬されてゐる
ましてや平凡な生活人にとつて
彼が真理を語るときは
いつも風を捲き起すから
彼はにがにがしく見かへされる
事実、湯にひたつてゐるやうな
静かな生活といふものもある。
また何の不足も己れ自身には
感じてゐない人々も少くない、
かうした人々の生活の
窓へ彼が顔を突込んで
中をのぞいて叫ぶとき
女達や子供達はキャッと叫ぶ
そして主人は身構へをする
平和な人々は口々に罵る
――彼は不幸をもつてきた、と
3
沈鬱な人々も少くない
彼はそれらの人々の友である、
彼は世間並みの会話を
これらの人々と交すとき
これらの人々に愛される
だが一度真実に触れてゆくとき
人々はしだいに彼を去つてゆく
彼にとつては斯かる真実を
語るとき楽しみであるが
平穏を愛する人々にとつては
これが苦痛であることを知つたとき、
遂に彼はあらゆるものと
とほく去つて
人々の平和と彼の不幸との
無限大のへだたりを
つくらうかとさへ考へた
生命をこの世から断つことである、
あゝだが死に就いての慾望さへ
生の慾望に匹敵するほど
いやそれ以上に価値高いものを欲したから
死を選む勇気をもたなかつた
女との恋愛に就いても
金銭についても、交友についても
食慾、智慧
美、酒、賭博
あらゆる本能的なもの
全力的にこれを奪ひ去らうとする、
これらの品の所有者は誰れか、
あらゆる平凡人がこれを所有し、
多少なりともこれに満足してゐる
厚い壁を打破る
大きな掌はうごく、
快哉を覚えつつ盗みにゆく
あらゆるものから
あらゆる古い慾望の固守を
新しい彼の慾望の
鉄槌をうちふるつて打破る
4
蠱惑的に優しい女が
哀願的な眼をもつてみるとき
彼は彼女の願ひに
答へてやつた瞬間
しだいに女の瞳孔に
優しい影が失はれてゆくのを発見する、
女の眼は新鮮になつたのか、
あるいは古くなつたのか、
女は古くなつたと悲しむ
彼は笑ひながら平然と
――否、それは新しくなつたのだ――といふ
貞操の所有を奪つた瞬間
彼は何かしら新しい所有に
移らなければならない
だが愚昧な女は
失つたものを
失つた後にをいても
いまだに夢のやうにその所有を信じてゐる。
そして失つた現実には
女は何の誇るべきものや
さらに新しい慾望をも抱かない
抱擁の中でただ男達の
小さな慾望の中に更に
もつと小さな慾望を住まはせてゐる、
そしてまた功利的な男は
これらの慾望の輪の中から
絶対に女の慾望が逃げださないやうに
さまざまな狡猾さで愛してゐる
彼はみぶるひする
あゝ、歴史は泥棒で、
すべて偉大なる敵は大なる慾望家であつた、
あらゆる敵を打倒すには
敵にひつてき[#「ひつてき」に傍点]する程
底知れぬ慾望をもたねばならない、
だが歴史は恬淡で
生活の海とは
いつも南国の海のやうに静かなもので
あることを望む人々に
彼がまざまざと生活の
生々しい慾望の波の高さを示すとき
人々は一斉に彼から眼を
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