やつた瞬間
しだいに女の瞳孔に
優しい影が失はれてゆくのを発見する、
女の眼は新鮮になつたのか、
あるいは古くなつたのか、
女は古くなつたと悲しむ
彼は笑ひながら平然と
――否、それは新しくなつたのだ――といふ
貞操の所有を奪つた瞬間
彼は何かしら新しい所有に
移らなければならない
だが愚昧な女は
失つたものを
失つた後にをいても
いまだに夢のやうにその所有を信じてゐる。
そして失つた現実には
女は何の誇るべきものや
さらに新しい慾望をも抱かない
抱擁の中でただ男達の
小さな慾望の中に更に
もつと小さな慾望を住まはせてゐる、
そしてまた功利的な男は
これらの慾望の輪の中から
絶対に女の慾望が逃げださないやうに
さまざまな狡猾さで愛してゐる
彼はみぶるひする
あゝ、歴史は泥棒で、
すべて偉大なる敵は大なる慾望家であつた、
あらゆる敵を打倒すには
敵にひつてき[#「ひつてき」に傍点]する程
底知れぬ慾望をもたねばならない、
だが歴史は恬淡で
生活の海とは
いつも南国の海のやうに静かなもので
あることを望む人々に
彼がまざまざと生活の
生々しい慾望の波の高さを示すとき
人々は一斉に彼から眼を
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