づかうして真夜中の仕事の為めに机の上の甘い梨が一つ
私の仕事を終へることを待つてゐてくれる
それにかぶりつく皮のまゝ、
腕白な子供のやうに。
汁はしたたり落ちる
赤衛軍騎兵の馬が数十里かけてきて
小川の水に飛びつくやうに、
「芸術は汗を掻くことだ――」といふ誰かの言葉をおもひだす
甘い汁は頑強にたれ皮と肉とを離すまいとする
私の歯はこれにクサビやテコの役割をしガックリと梨の肉を離した。
みると私の歯ぐきは破れて梨は血だらけだつた
然し梨子奴は汁をしたたらせることを止めない
むしろ裂け口から前にも増して猛烈に垂れる
私はその甘さを貪慾に吸ふ
私は梨とたゝかつてゐる
何と愛すべきユーモアよ、
そして私の血だらけの梨は甘い
このやうな態度にも現実に喰らひつきたい、
一てきの汁もこぼさぬ貪慾さをもつて、
梨のやうにも現実をしつかりと両手で捕へて――。
マヤコオフスキイの舌にかはつて
ウラジミル・マヤコオフスキイよ
君の舌はこの世にないから
もうこの世ではしやべれないだらうから
私がかはつて過去から
君の舌の仕事を引継がう、
君は自殺した、
猛々しいすぐれた詩と、
哀れにすぐれた詩とをのこして、
君は労働者のための詩人であつたが、
労働者の悪い部分を
のゝしる力がなかつたのは惜しい、
もう私達の人生に対する考へ方は
不平や、憎悪に水を加へることによつて
薄められはしようが、
決してなくなりはしないだらう、
君はソビヱットを讃へた
決して楯つきはしなかつた
だが君は自分の生を否定した、
君は君の肉体の中のソビヱットを
否定してしまつたことはどうしたわけだ、
註釈なしの辞書なんてこの世に
あるとは私はかんがへられないんだ、
無条件な愛するソビヱットなどといふものはない
可哀さうなマヤコオフスキイよ、
人間は自分に註釈かルビが
つかなくなつたとき
自殺をするんぢやないだらうか、
君は批判の詩をつくつた
――そこでは肉の中から怒りだすのか
それともズボンの中の雲のやうに
罪もなくおとなしくしてゐると
どつちが好きだと君は民衆に訴へてゐた、
真実君は肉の中から怒りだして歌つた、
民衆や歴史が
まだ君の問題に答案をかゝない間に
マヤコオフスキイよ、
君の純情よ、
そのやうな純情であれば
私もまた君と同じやうに自殺したいのだ、
私は歴史の前に頭を下げる、
私は苦しいが、
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