にも軽快な歩調で、かるく飛ぶやうに、幾分しめつた朝の路上の明るさを、気軽るに歩るき廻つてゐる姿はよい。
 ことに遠くの空からとんで来て、私の家《うち》の屋根の、とんがりのところへきて、一二度くるりと輪を画《ゑが》き、太くたくましい足を、充分に宙にのばしてから、その目的物である私の屋根の上に立つ、そして二三度、黒くつや/\とした体を、上下にゆり動かしてから、落ついたみなりとなる。
 いつも朝のきまつた時間にきてとまる、そしてきまつた時刻には、どこかに飛んで行つて了ふ、いはゞ私の家の屋根は、彼の旅行にとつては唯一の標識であつて、途中の安息の習慣をつくつたのかも知れない。
 彼がこのあまり広くもない、遊歩場に降りたつたときの姿は、ちやうど、遠くばら色の、未明の空を出発し、途中で幌馬車を乗りすてゝ[#底本「て」を変更]、いまこの屋根の上に、葉巻をくゆらすといつた格好で、その気どつた姿で、屋根の上をあちこちと漫歩するすがたが、平民主義の貴族の若様を想はせる。
 彼は屋根の上から、清澄の朝の街にむかつて独唱する、ひとびとはこの独唱を、幸福の讃歌《うた》ときく、さはやかに澄んだ、祝福の歌ときく、おそらくは彼自身も、混濁のない、からつぽの胃袋を、充分にふくらまして、誠意ある朝の祝福をさゝげてゐるのにちがいない。私は彼の有名な悪食家であることを知つてゐる、だから食後の不浄の歌をきくことを好まない、そしていま朝の鴉の、食前の空腹の歌を嬉しく思はれる。
 私は三つの鴉のうちで朝の鴉がいちばん好きだ。
 いつの間にか、鴉は憂鬱な眼になつてゐた。昼の鴉は、朝のとをめいさとは似てもにつかぬ、疲れきつたすがたをして街の褐色の土のわづかばかり、拡がつた空地に、たくさんより集まつて、其処の窪みの土をさかんに掘り返しては、なにやら赤いものを引き出しては、うばひ合をしてゐた。
 あるものは遠くの空から飛んできて、なんのためらひもなく、この争ひの集団の頭上に降りる。だがその鴉は、浪のやうにもみあふ中《うち》に、すぐ隠れて見えなくなる。
 この集団から、いくらか離れた、草地を歩るいてゐるのもある。その歩行が妙によち/\とよろめいた、足取りの交叉をみせて、黒煙と音響をあまりに飽食した、都会の中毒者といつた姿だ、其他頸をぴんとあげて、腰をうかせるやうに、調子をとつて歩るいてゐる鴉をみると、黒いマントをきた、不良
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