《あらそ》べの石ころみちのでこぼこを馬車たかなりてすぎるみゆかも

うらぎりの君のにくさに草の実をつぶせばあかき血のながれたり

フレップを摘まむとすればその色の処女《おぼこ》にあらず君の乳のいろ

食人鬼の童のごとし童らは草の実食みて口あかきかも


母と逢ひて

いたいたしくやせほそりたる吾《あ》の母の人力《じんりき》車にのるをながめたるかも

うれしくてうれしくて吾《あ》はなきにけり幌《ほろ》ををろせといひにけるかな

うれしくてうれしくて吾はいくたびも洟《はな》をかむなり飯《いひ》食《を》しにつつ

わが母のいつとせ前の疳症《かんしよう》のひたいのすぢののこりたるかも


子供王国

童子ひとりおもちやの弓をひきしぼり矢叫けびたかくはなちけるかも

だんだらの道化の帽子かむりたる童子はついになきにけるかな

いちにんの童子は煙草のむまねをなしてゐるなり悲しからずや

いちにんの童子は童女と草つみて夫婦《めをと》ごつこをするがかなしき

童子らのなすことをじつとみてをれば草にかぎろひうすらたつみゆ


場末印象

なにかしらかなしきものの澱《をど》みゐる場末の空気吸《すへ》ばさびしも

壁土をこねる男のさむげなる素足をみつゝすぎにけるかも

はるか来てふとみかへれば壁土をこねる男は煙草すふなり

壁土をこねる男の顔みしが顎鬚《あごひげ》のみのみゆるなりけり


旅愁の歌

誰にともなくほほゑみなげて船橋をわかき女の降りけるかな

憂鬱のなすことつきて謹厳のをとこも小唄うたふ船旅

船人はかなしき鐘鼓《しようこ》うつになれたくみにうちぬ小能登呂岬《このとろみさき》

こんぺきの海の平らさ波しろくゆくともみえずランチはしりぬ

少年の日の積木のごとくあたらしき家々みゆる真岡の港

あまりにも草の色よく海岸にみいりてしばしふるさとおもはず

親すてしかなしふな旅船底にかへれかへれと潮騒きこゆる

ふるさとにみゆるに堪へず船室にいれどかなしや丸窓にみゆ


風鈴と風

炎天や風なきまひる風鈴をつるせば風の起りけるかな

あまりにも四周しづけく魔人きてゆりうごかせよこの天地《あまつち》を

あまりにも四周さびしく風鈴を買はむこころの起きにけるかな

風鈴のゆれるをみつつしみじみと解熱《げねつ》の薬のみにけるかな


咲ちやん

いきどほり心《うら》にしもて裏の児の咲ちやんをよびあそびけるかな

お可笑《かし》けれおみな子なれば母ぶりて人形などを抱くなりけり

さんだんにうねりてみゆるお河童《かつぱ》の髪ゆりていまし駆《かけ》りくるかな

女なればうちまたにあゆむ咲ちやんのちさき足袋はましろなるかも

おはぢきにわざと負ければうれしきと手ふり足ふり踊るなりけり


金魚と死

霜ふればしんじつ命愛《は》しとおもひ金魚に死ねといひにけるかな

千べん万べん命のかぎり玻璃鉢の金魚はあはれ尾鰭《をひれ》うごかす

くれないの金魚は体かたむけてあはれ大きく水のみしかな

六匹の金魚いつしか一匹となりし朝なり雪ふりしかも

なにもなき金魚の鉢のさびしさに炉石《ろろし》おとせば底に鳴るかも


酒場と南京玉

おのれてふ男はついに酒をのむことを知りしがさびしさはます

冷えまさる秋の夜更けに酒のめば懐さむくなりにける哉

銀色の尻《しり》振《ふり》時計《とけい》しりふるをみつつに酒をのめばさびしも

酒肆《さかみせ》の女のつなぐ青赤の南京玉はよくひかるかも

青赤の南京玉を灯《ひ》のもとにひとつひとつにつなぐ淋しさ

さやさやと秋の葉ずれの音たてて南京玉のよくころぶかも

栗色の丸テーブルに酒代《さかしろ》の銀貨ををけばころげたるかも


広野

野にたちてひとさし指をたかくあげとまる小蜻蛉《こあきつ》とらへけるかも

眼もはるの野の一角に風おきぬ盆花ちりぬあかく小さく

ほろびたる秋の草花手にとりて月のひかりにすかしみるかな

ほそりゆく道の極みにひろびろの野をみいだして走りけるかも

はるばると来はきつれども平原にあゆむあてなし草に坐りぬ

さびしきは村の端《は》づれのはねつるべ半円ゑがききしるなりけり

風わたる野の枯草のいたましさ折りて抱《いだ》けど顫《ふる》ひやまぬかも

ゆきづりにつみし稲穂のつぶつぶをしみじみ噛みてあゆみけるかな

朝の陽の苺のあかさ眼にひろひ山いつさんにくだりけるかな

黄昏れの山上にきて街みれば電灯ぱつとともりたるかな

山に立ち街みをろせばたくさんの魔術師街をあゆみ居るかも

ぴろろろろクラリオネット夕暮れのしづけさやぶり街に流るる

うづくまり松の根もとの蟻をみるゆき逢ふごとに低頭《じぎ》をして居る

山狭の土の窪みにくさぶきの屋根かたぶけてすまへるか人は

もの言はぬ男のごとく焼山の樹々すくすくとたちにけるかな

児らふたり霞網もちむかつ山にうごけるがみゆ真白き帽子

みはるかす畠のあら土うねうねを赤くくまどり陽は落ちにける

どよもして汽車はすぎにけるそのあとはあたりしんしん静かなるかも

土手下に蛙《かはず》ころころなきいでぬさみしらにまた口笛をふく

やめよ子等しら樺の樹のかははぐをいたいたしきぞあかき肌みゆる

樹の樹皮《じゆひ》に木虫みつけぬ児ら焼きてよろこびて食《は》む疳の妙薬


幻影の壺

ましろなる沼の白鳥とろ壺にまぢかくをりて壺みかへらず

もろもろのけだものどもは泥壺をまるくとりまき吠えにけるかな

赤猫のあやしき舞ひにどろ壺はかすかにかすかにゆらぎけるかな

そのかみは蛇《じや》は壺をいだき死せるかな青き蛇紋のうかびあるなり

どろ壺の底をのぞけばむらさきのかなしみの精たまりあるかな

しんしんともろ手につたふ泥壺のどろのぬくみのなつかしきかも

彫刻のなきどろ壺はなめらかに青くさびしく月にひかりぬ


養鶏場にて

雌鶏はゆきつもどりつ鶏小屋に陣痛するとなきにけるかな

めんどりは陣痛するとみづからの腹のにほひをかぎにけるかな

どよもしてみな走りゆくにくらしさ食卵のくせ鶏らはしりぬ

愛《いと》しければ鶏の餌にもと雪ほりてキャベツ畠のキャベツをさがす


折々雑記

夜となれば酒をひた欲るつぶら眼の夢遊病者となりにけるかな

しづか夜の辻うら売りを愛ほしとおもひしづかに酒のみしかな

悲しさよわれにむかひて鳴きてゐる虫の言葉をきく耳もたず

蟋蟀の鳴く音止めむと叢《くさむら》を夜露にぬれてゆれどやまずも

ていねいに夜の小路《こうぢ》の大き石はぎてみたれど蟋蟀は居ず

夜の街鉞《まさかり》もちて男ゆくふつとおそれのわきにけるかな

連れだちてあゆむ汝《な》が母みめよきを妾腹《しようふく》の子よ悲しからずや

夜の街うつろにものを言ふごとく声ひびかせて人すぎにける

われ死ぬるときのさまなど夜の床に夜着をかむりておもひけるかな

差押へその赤紙をみつめつつ兄はへらへら笑ひけるかな

へらへらと笑ひし顔のさびしかり青くつめたくみえにけるかも

酒のみて歌をうたふを淫乱とおもふな女さびしければぞ

寂しさは沼の水泥にうづもれし壺のこころのごとき夜の更け

虫のごと呼吸たへるまで秋さむの河岸にいで歌をうたはむ

いねがたく詩集手にとり表紙画のあをき壺などかなしめるかな

科《とが》もなき妹《いも》をしかりしそののちのさびしきこころ夕雲をみる

この弱きをとこの血潮吸はむとし夜蚊はせまりぬ眉の間に

去《い》ねといひ去《い》なぬといひてかの君と争そひしこともうれしきひとつ

ゆるせ君きみ魔となれと山奥に大樹たたきて呪ひたること

この花を愛すといひて白薔薇に触るれば花のちるがかなしき


疎林落陽

うらがれの林にたてばしんじつに露はつめたくおもはれしかも

うつくしく疎林《そりん》くまなく陽はてりぬここにをとこは首くくりせむ

うつうつと林にいれば蔓草《つるくさ》の首くくりせといひにけるかな

首くくれば親がなくぞとたれさがる蔦《つた》にむかひていひにけるかも

かなしかるものの化身のみえかくれひそかにわれにせまるとおもふ

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その他短歌

炉石を弄る

瘡《きず》つきし野獣の如き風鳴《かざな》りの
心細さよ
炉の石をいぢる
   ×
なるがままに
委《まか》してをけといふ情《なさけ》なき
心となりし二三年かな
   ×
そと触れてもものに
怖づてふ自《みづか》らの
かなしき性《さが》をひとりさびしむ
   ×
床屋より帰れば従妹
しげしげと顔をみるなり
二階にあがる


七夕

七夕の柳ひきづつて行つたばかりの路だ

河原の石白々とせきれいの尾も白い

ほとほと[*後半の「ほと」は二倍の踊り字使用]と困《こ》うじ果てたるわたしの生活

そつとして置け女、恋ごころ、こはれる


真つすぐな街

美瑛町のまつすぐな街に立つてゐる女憎らしい

入浴をそそる午後の陽にしんみり坐つてゐる

珠を拾つてみたい幅広い夜の街

いつぴきのけもの街を馳けぬけた深夜のひととき

ごむ靴を穿いた子供の気持である

愛しうてならない馬が街を通つた

歩るいてゐるのが不思議でならず足をながめる

拳銃を欲しくてならない女を撃つ拳銃でないのです
[#「七夕」「真つすぐな街」は自由律俳句]

無神論者の歌へる

共産主義、無政府主義、社会主義、みなくだらなしただなんとなし舌触りよし
   ×
人なみに妻を娶りて子を産みてさてそのつぎのおそろしきかな
   ×
争ひて頬をうちしが争ひて髪をきりしが妻は妻なり
   ×
子の愛を感ぜずと強く言ひきりてそれは嘘なり弱きダダイスト
   ×
神よこの一人の無神論者を救ひ見よとたんかきりしが多少淋しし
   ×
あらん限りの手段《てだて》もて妻を虐《しひた》げる之を称して倦怠期といふ
   ×
脱走の男の如く土埃たてて街ゆく自動自転車《おーとばい》かな
   ×
函館の修道院が焼しといふ新聞を見て嬉しくなりぬ
   ×
金のなきこの生活がさ程にも不思議にあらず不平をいふな
   ×
黴菌の如く子が殖へるごとしそそくさと袴をつけて外出をする
   ×
妻と子が家畜の如く見ゆるなりつつましく朝の味噌汁を吸ふ
   ×
酒飲めば酒に溺れる男なり教会の門に小便をする
   ×
小つぽけな墓を立ててやらんと思へり子が死ねば夫婦別れの約束をする
   ×
野菜畑の野菜の中にただずみて野菜になればよしと思へり
   ×
赤十字の白きベッドに血を吐きし友を見舞へるが友はほほゑまず
   ×
大いなる赤き球の如き月夜なり叛乱の旗のごとくのぼりて

短冊の歌
うつくしや美瑛の菓子屋の店先のコンペートの赤青の色
(姉の枕元に掛けてあった短冊の歌)


第二回旭川歌話会詠草

草丘は雪に掩はれこの朝はまつたく冬となりにけるかな


第四回旭川歌話会詠草

裏道の石の壁をばよぎりたり入日はあかるく足もとを照らす


第五回旭川歌話会即詠
早春(上)

み冬つきて春べとなりぬ庭松の囲ひの癖も眼にわづらはし


第六回旭川歌話会記

庭さきに馬をひきだし毛を揃へ馬耕の用意するか農夫等

第九回旭川歌話会詠草

牧小屋の真上の空はくもりぞら白雲疾くかげをさをめり

第十回旭川歌話会詠草

わが屋戸の壁にのびたる花豆のかげりにあれば色あせてけり


怪鳥
――層雲峡温泉に遊びて――

峡添《かいそへ》に路をひらくと男等はしげりにこもり高き声たつ

崖下をとをりて仰ぐ眼に紅葉深山《みやま》をいでゝ峡はあかるし

昼ながらま近く来鳴く怪鳥の羽音にしんといやしづむ山

樹をうちて羽音も荒き怪鳥のすがたをみむと息を凝らしつ

湯煙を顔にうけつゝ真青《まさを》なるつぼの湛《たゞ》へにかゞまりゐるも

たぎれども色すみ透る湯のつぼにしづむ土鼠《もぐら》のその白き足

山路に這ひもあがるとトカゲの尾きらゝと石に青光るなり

あたらしき樋《とひ》をふせつゝ湯けむりをあびる男の打つ杭の音

手拭を
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