れば、一人が完全に雨を避けることができない程小さなものだ、そこで彼も私もおたがひに譲歩し合ひ、自分の体が雨にすこしも当らぬときは、必らず相手の肩を濡らしてゐることを考へなければならなかつた。
その仕事はなかなか苦痛であつた、洋傘の柄を二人で握り合ふことの容易でないことを思つた、それに私は彼を自分よりも多く雨に濡らしてゐるのだ、その上に私は激しい欲望が湧いてきて、これらの非常に円満な謙譲や、生温かい友愛や、を憎みだし軽蔑しだした、動物的な本能は、彼からその傘を奪ひ去るか、彼にまつたく傘を与へて自分はズブ濡れで歩るくか、どつちかに決めなければ気が済まなかつた、私はジリジリと柄を手元に引き寄せる、あつけない程柔順にその柄は引き寄せられる、然しあるところまで来ると彼はその柄をピッタリと押へる、それから彼の利己心は、次第に私の手元から傘を引戻さうとするその彼の感情は醜いものではなくて、常識的すぎるほど世間なみなものだ。彼はそして私の傘の柄をもつことにさへも、このやうに激烈な気持をもたなければ気が済まない性格を不思議に思ひ、笑つてでもゐるかのやうであつた。
雨の日の電車線路は、鈍重な刃物をおも
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