――そんな馬鹿な恋愛があるかい学生同志ぢやあるまいし、三十をすぎた、不良老年の癖に。
 水島が彼にむかつて、彼女とは現在でも、肉的な交際がないと誇りらしい表情で、打開けたとき、彼は鳶《とび》に不意に頭骸骨を空にさらはれたかのやうな、気抜けな有様で、穴のあくほど水島の顔を、暫らくは凝然《じつと》見てゐた。
 ――でも君、女は若いんだし可哀さうだからな、それに家庭的な事情が僕達の前に横たはつてゐる大きな難関なんだ、もし僕が女と関係をした後で、二人が結婚まで進まなかつたらどうだらう、
 ――女を疵物にしては、良心に恥ぢるといふ意味だね。
 ――さうだよ、それに違ないよ、女の籍は絶対に抜けないらしいんだ僕の婿入りそんなことは僕の方の家庭の事情でできないことだしな。
 水島は、ほつと吐息をついた、第三者の立場にある彼は、水島の恋愛事件に対しては、彼が横合から水島の女を奪はうとしない限り永久に第三者の立場にあつた、だから彼は、勝手なことを考へ、勝手な助言を水島にした。彼はもう見物にあきがきたのであつた。
 ――水島の女に、ちよつとちよつかい[#「ちよつかい」に傍点]をかけてやらうかしら、あの女の
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