「少しでも動けば」に傍点]、すぐに電流を生ずるのであるから。
その次に実験したのは十月二十八日[#「十月二十八日」に傍点]で、大きな馬蹄形の磁石の極の間で、銅板を廻し、銅板の中心と縁《ふち》とを針金で電流計につないで置き、電流計が動く[#「動く」に傍点]のを見た。
その次の実験は十一月四日[#「十一月四日」に傍点]で、手帳に「銅線の八分の一インチの長さのを磁極と導体との間で動すとき作用あり」と書いた。また針金が「磁気線を切る」と書いた。この磁気線[#「磁気線」に傍点]というのは、鉄粉で眼に見られるように現わすことの出来る磁気指力線のことである。なお一歩進んで、この磁気線で感応作用を定量的[#「定量的」に傍点]に表わすことは、ずっと後になって、すなわち一八五一年にファラデーが研究した。
九 結果の発表
かように、約十回の実験で[#「約十回の実験で」に傍点]、感応作用が発見された。実験室の手帳を書き直おして、ローヤル・ソサイテーに送り、一八三一年十一月二十四日[#「十一月二十四日」に傍点]にその会で読んだ。しかし、印刷物として出したのは、翌年一月で、そのためにあるイタリア人との間に、ちょっと面倒な事件が持ち上った。
この論文は「電気の実験研究」の第一篇[#「第一篇」に傍点]におさめてある。実験したときの手帳に書いてあるのと比較すると、文章においてはほとんど逐語的に同じであるが、順序に[#「順序に」に傍点]おいて少し違っている。実験した順序は[#「実験した順序は」に傍点]、今述べたように、磁石から電流を生ずるのを前に試みて、それから電流が他の電流に感応するのを、やったのである。しかし、論文の方[#「論文の方」に傍点]には、電流の感応の方を前に書いて、感応の事柄を概説し、しかる後に、磁石の起す感応電流のことを記してある。
この発見をしてから、ファラデーは友人を招いて、その実験を見せた。その際、マヨーの作った歌がある。
[#ここから3字下げ]
ファラデーの磁石を廻りて、
確かに流るるボルタの電気。
さて針金に取り出すその術《すべ》は、
ファラデーが手本にしたのは愛情で、
二人が逢う刹那《せつな》と別るる刹那、
飛出す火花は電気じゃないか。
[#ここで字下げ終わり]
ファラデーはローヤル・ソサイテーで、自分の論文を発表してから、英国の南海岸のブライトン
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