間接に世界の思想に大貢獻をなしたものといはなければならぬ、尚終りに宗教に就て一言しやうと思ふ。
世界の宗教に一番廣く大なる影響を與へたものは印度の密教である、日本では弘法大師が眞言宗の一派を開かれましたが、密教の思想は弘法大師の創作に係る譯ではない、元は支那にあり、而して支那の元は印度から來て居るのである、印度では色々な原因がありますけれども、是れは餘り專門的の事に渉りますから略しますが、兎に角密語といふものが古くから唱へられた、密語といへば何か一種の神變不可思議の意味をもつて居る語があるやうに考へられますが、是れは西洋のアルハベツト、日本のイロハ五十音に於て、一字々々に祕密の意味がある、是れを密語といつたのである、例へば A、アといふ字は一切法本より生ぜず、イといふ字は一切法根得べからず、ウといふ字は一切法比喩も得べからず等といふ意義があるので、總て五十音に於て、一字々々一定の祕密の意味が定まつて居るのである、是れは佛教に於ても大變大切な事であつて、此の祕密の意味を聽いたり讀んだり覺えたり、又他の人に説いたりすると、二十の功徳があるといふ、其の内には大變覺え宜くなり、智惠を得或は衆生の語を知ることが出來、或は又天耳、或は宿命、或は生死通を得といふ、斯樣な功徳が二十も列擧してある、而して此の密語の中に於ても、弘法大師の立てられた眞言では、吽といふ字が最も大切なものとなつて居るが、バラモン教に於いては※[#「口+奄」、第3水準1−15−6]が最第一である、※[#「口+奄」、第3水準1−15−6]と吽との字の起りは違ふが、後には印度でも同一と看做さるるやうになつて、吽或は※[#「口+奄」、第3水準1−15−6]は眞言中の眞言、密語中の密語と稱へられてある、所が此密語なるものが、第一に回教に傳はつて、其の聖典のコーランと云ふ經文に顯はれて居るである、同書の中には章の初めに A.L.M といふ字が屡次繰り返し出て居る、是迄は何の事か色々と解釋をして見たが畢竟不得要領で判らなかつた、近頃段々研究した所が、是れは回教の方からは判らぬ筈で、元來回教から出た所のものではなく、印度から受繼いだ所の密語であることが判つた、是れは即ち前にいつた※[#「口+奄」、第3水準1−15−6]、OM 又 AUM の字である、併しAとMとは同じであるが唯中の字が違ふ、UがLとなつて居る、是は何故かといふに、亞拉比亞語に於てLがAによつて先だたれる時にはUの音となるといふ規則がある、其處で亞拉比亞人はアウムの三字を採つて來たのであるが、自國の語の法則に由つて、Lと書いたのである、斯うすると能く判つて來る、ツマリ印度の所謂密語が亞拉比亞に傳はつて回教の中に這入つたのである、で亞拉比亞人も自分だけの智識では到底其意味の説明は附かなかつた、マホメツトの回教の出來たのは、紀元後六百年の初めで、此時代は印度佛教の次第に衰へバラモン教の勢力が盛となり、佛教も亦漸く彼と同化せんとした時である、で第七世紀の頃に傳はつたニポール、西藏の佛教が、矢張り※[#「口+奄」、第3水準1−15−6]を非常に大切な密語と看做して居るのを見ても、其の亞拉比亞に傳はつて往つたのは敢て怪むに足らぬ、夫から又カバラーといふ宗教がある、是れは猶太教の内の密教で紀元後二世紀から出來、初め小亞細亞の間に行はれてあつたが、段々歐羅巴に流布し、到る處に行はれるやうになつた、此の密教に於ても一つ不思議な事がある、即ち此教ではヘブリユー語のアルハベツトに一々密意義を與へ、而して以て色々の説明をやつて居るのである、唯一つ/\の文字のみならず、數多の文字から成立つて居る語全體に更に纒つた密義を附けると云ふ點が印度と少し違つて居る、例へばエデンの園、Gnedn といへば此の音字一つ/\に就て密義といふものがあり、而して全體に於て又纒つた密義がある、印度に於ては一字々々の密義はあるが語全體に纒つた密義はない、但し其の密義の出來やうは全く印度のと同じである、即ちアとかイとかいふ字音を頭にもつて居る語の内で、道徳的、宗教的の意義あるものを考へ之を其の密義としたに過ぎない、所が此のカバラーの解釋法は今日尚歐羅巴に於て見ることが出來る、丁度謎のやうなもので、例へば Menu(西洋の[#「(西洋の」は底本では「西洋の」]食卓の獻立書)といふ字があれば、戯れに之を解釋してMといふ字は即ち Mann(人)E といふは Esse 即ち(食)N といふは Nicht(否定の文字)Uといふは 〔Unma:ssig〕(過度)の義である、だから獻立書といふ字はツマリ食つて其の度を失はざれといふ意義であると、斯ういふ風に解釋するので、是れは單に席上のお慰みであるが、兎に角カバラーの解釋の今に存するのであることは明らかである、其の他カバラーは印度思
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