ましてびつくりいたしました。
 たゞ青森からはしけで連絡船に移りますときだけは、ほんとうに怖しく、どうなることかと気もそゞろ、しみじみ来なければよかつたとさへおもひました。そのはしけともうすのは小田原の漁船ほどのもので、本船へまいりますあひだ木の葉のやうにゆれるのでございますもの。海をみてはいけない、じつと僕の手をみておいで、と夫はもうしました。私は、いはれたやうにいつしようけんめいあのひとの節の太い手をみつめてをりました。さういたしますと、なんだか、このがんじような手が、私の一生をぎゆつとつかまへてしまつてゐるのだと妙な気持がいたし、たのもしいよりも怖くなつてきてこまりました。お母さまのお手からこのひとに移され、このひとがこれから先の生涯をともにいたすひとなのだとそのときはじめて身にしみて考へられたのでございました。
 本船は大きく、それに上等の船室をとりましたので、ちようど応接間にでもをりますやうにお花など飾つてあり船のなかとはおもはれぬやうでございました。でも、小さな円い窓から、内地の陸の影が次第に遠のいてゆくのをみておりましたら、いよいよ、お母さまと同じ陸つゞきの土がふめなくな
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