、お母さま。北海道の土は黒くて、やはらかで、生きてゐるみたいなのでございますよ。裏の原始林の大きな楡の木のまはりから第一ばんに雪が消えはじめました。さういたしますと、すぐその下から去年の落葉におほはれ、しつとりと水気を含んだ土があらはれ、その土にはもう春の若草の芽が、生き生きと頭を出してゐるではございませんか。無邪気に、しかも大胆に生きてゐることを主張してゐるみたいで笑ひだしたくなるやうなのでございます。
おまきさまの赤ちやん――千鶴ちやん――によいお祝ひ着ありがたう存じました。それはそれはよろこんでゐました。私も肩身のひろいおもひで、お母さまのお心づくし身にしみてありがたく思ひました。
それから、私からとして坪井の叔母さまにいたゞいてあつた友禅でおちやんちやんを縫つてさしあげましたのは、いろいろおまきさまにお世話になつてをりますためで決して決して実家からいたゞいた分が足りなかつたといふわけではないのでございます。ご相談もうしあげますにも日がかゝりますので勝手にさしあげてしまつて、お気をお悪くあそばしたのでしたら、どうぞおゆるし下さいませ。
浩造さま方の貸下地のこと、あまりはかばかしくゆかぬらしく、いろいろと厄介なことになつてをります。もつとも、あまり地味のよくないところで、浩造さまも、せめてこの土地ぐらゐの土質なら、いくら北でも開墾し甲斐があるのだが、とてもゆくゆく水田にはなりそうもないので――とあまり気乗りなさらぬごやうすなのでございます。おまきさまもやはり、こゝからお離れになりたくないらしく、赤ちやんがお出来になつたばかりなのに、新しい未開地にお入りなされるのはお苦しいに違ひないことで、出来れば私が代りたいくらいでごさいます。千鶴ちやんは浩造さまによく似たまる顔の丈夫さうな赤ちやんで、もう小浪におんぶされにこにこ笑ひ、家中の人気をひとりでさらつてしまひました。
けふはこれから農場の南のはづれの雲雀耕地にプラオを入れるのだともうしてをりますので私もいつしよに出かけます。この雲雀耕地といふのは夫がつけた名なのださうでございます。この村の志文ともうすのも夫が名づけ親とのこと、あなたは土に志しなすつたのに――とももうしましたら、いや俺達の子供に、ひとりぐらゐは文に志すものができるかもしれないと笑ひました。でもあのひとも和歌を作りますのでございますよ。それが性質そのまゝにかたよつてちよつと漢詩みたいなのでございますの、こんどご披露いたしませうね。ではけふはこれだけ、おからだくれぐれもご大切にあそばして下さいませ。
四月十八日[#地から1字上げ]ちよ
母上さま
たいそう忙しい毎日なのでゆつくりお手紙さしあげるひまもなく、気にかゝりながらごぶさたしました。お兄さまお具合お悪い由、こまりました。せつかくの学業も中途でお止しにならねばならぬこと、私も残念でたまりません。でも、こゝ一二年のご静養でよくおなりあそばせば、今度こそ思ひきつて、支那にでも南洋にでもいらつしやるのですから、いまのうちあせらずすつかりおなほしになつていたゞきたうございます。
もうあと一年といふところで、ほんとに惜しうはございますが、もう相当に支那についてのご勉強もおできになつていらつしやるのですもの、あとはなによりお体が大切、丈夫な体でなければ、なにひとつ初心を貫くこと出来ぬものと、しみじみこの頃は考へてをります。私もおかげさまで丈夫なのがなによりのとり得。小柄で弱々しげに見えるくせに、案外働けると、夫はじめ皆さまに驚かれてをります。なれぬ百姓仕事は、初めの半月ほどこそ、くたくたになりこんなことでつゞくかしらと、吾ながらあやぶみ、かなしくなりましたけれど、唇をかみしめてこらへてをりますうち、体も馴れ、ようりようも覚え、この頃ではさほど苦しいとも思はず、いまではどうやら二頭曳のプラオのハンドルを持てるところまでこぎつけました。ほんとにはじめのうちは、夜になると、からだぢうすきまもなしに骨までたゝかれたやうで、とても明日の朝は起きあがれまいとあやぶみました。もちろん朝になつてはいつそう苦しいのでしたけれど、モンペをはき、きやはんをつけると気が張り、またどうやらその日一日がつゞけられるのでございました。
このやうな生活に耐えられたのも、常日頃のお母さまのお心遣ひのおかげと、しみじみありがたく思つてをります。
ことに五つのときから十三の春まで、矢倉沢の山に里子に出しておいて下すつたおかげで丈夫になれたのでございます。ちよはかあいさうに、お父さまが亡くなるとすぐ里子に出されて、やつぱりなさぬ仲だから――なぞと、口さがないひとびとの言葉を真にうけて、お母さまをお恨みした日もありましたこと、いまさらもうしわけなく存じます。
胸を患らつて亡くなつた生母の
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