。内地の村とはおよそ違つたところ、雪におほはれた原野に、人家がぽつり、ぽつりと二三町も間をおいておき忘れられたやうにあるばかりなのでございます。どの家でも夏になると三町歩、五町歩といふ耕作をいたしますのださうで、その自分の耕地の中にそれぞれ家をたてゝあるために、このやうにはなればなれになつてゐるのださうでございます。
 汽車を降りますと、馬橇が迎へにまいつてをりました。箱の下に先のそつた平たい滑り木が二本ついてゐて、馬が曳くのでございます。頬の切れさうに冷たい風をきつて滑つてゆく橇の乗り心地はなかなか愉しく、馬の首についた鈴がチリン、チリンなりますの。この四五日の変化がはげしいので、なにかおとぎばなしの国に連れてゆかれるやうでございました。その馬橇で迎へに来てゐて下すつたのが夫の弟の浩造さまでございました。浩造さまも、そのおつれあひのおまきさまも、よい方たちでございます。おまきさまは、もうこちらにこられてから二年以上になられ、二月には赤さんがおできなさるご様子ですが、すつかりこちらの暮しにお馴れなされて、モンペをはかれ、きびきびとよくお働きなすつてをられます。私も、はやくあの方のやうになれたらよからうと存じます。
 その夜、いろいろ用意がいたしてございまして、農場のひとびと二十人ほど集まりご披露の宴会がございました。私はまだ疲れてをりまして、夢のなかにゐるやうでございましたが、おまきさまが、なにやかとお世話下され、おつくりまでしていたゞき、黒の江戸褄で、もう一度婚礼をやりなほしたやうでございました。おまきさまは髪まで上手に島田にあげてくだされ、お祖母さまからおゆづりのあのべつこうの笄と櫛は、みごとなものだとおほめになりました。おまきさまは、私より二つも年上でいらつしやるので、義妹ともうしますよりはお姉さまのやうでございます。
 この離れは、八畳が南に三間づゝとならび裏に六畳と四畳の納戸のやうな部屋がございまして、味もそつけもない開墾地風な建てかたでございます。そのうへ、広い土間を中にして同じ棟つゞきが大きな納屋になつてをります。その他、住宅よりもかへつて立派なくらいの馬屋がございまして、こゝにはよい種類の馬が四頭と、緬羊ともうす羊のやうな獣が二頭をります。この毛を刈つて毛糸でも毛織物でもできるのださうでございますが、まだ試みに飼つてみたのださうで、家のひとびとにもよ
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