、お母さま。北海道の土は黒くて、やはらかで、生きてゐるみたいなのでございますよ。裏の原始林の大きな楡の木のまはりから第一ばんに雪が消えはじめました。さういたしますと、すぐその下から去年の落葉におほはれ、しつとりと水気を含んだ土があらはれ、その土にはもう春の若草の芽が、生き生きと頭を出してゐるではございませんか。無邪気に、しかも大胆に生きてゐることを主張してゐるみたいで笑ひだしたくなるやうなのでございます。
おまきさまの赤ちやん――千鶴ちやん――によいお祝ひ着ありがたう存じました。それはそれはよろこんでゐました。私も肩身のひろいおもひで、お母さまのお心づくし身にしみてありがたく思ひました。
それから、私からとして坪井の叔母さまにいたゞいてあつた友禅でおちやんちやんを縫つてさしあげましたのは、いろいろおまきさまにお世話になつてをりますためで決して決して実家からいたゞいた分が足りなかつたといふわけではないのでございます。ご相談もうしあげますにも日がかゝりますので勝手にさしあげてしまつて、お気をお悪くあそばしたのでしたら、どうぞおゆるし下さいませ。
浩造さま方の貸下地のこと、あまりはかばかしくゆかぬらしく、いろいろと厄介なことになつてをります。もつとも、あまり地味のよくないところで、浩造さまも、せめてこの土地ぐらゐの土質なら、いくら北でも開墾し甲斐があるのだが、とてもゆくゆく水田にはなりそうもないので――とあまり気乗りなさらぬごやうすなのでございます。おまきさまもやはり、こゝからお離れになりたくないらしく、赤ちやんがお出来になつたばかりなのに、新しい未開地にお入りなされるのはお苦しいに違ひないことで、出来れば私が代りたいくらいでごさいます。千鶴ちやんは浩造さまによく似たまる顔の丈夫さうな赤ちやんで、もう小浪におんぶされにこにこ笑ひ、家中の人気をひとりでさらつてしまひました。
けふはこれから農場の南のはづれの雲雀耕地にプラオを入れるのだともうしてをりますので私もいつしよに出かけます。この雲雀耕地といふのは夫がつけた名なのださうでございます。この村の志文ともうすのも夫が名づけ親とのこと、あなたは土に志しなすつたのに――とももうしましたら、いや俺達の子供に、ひとりぐらゐは文に志すものができるかもしれないと笑ひました。でもあのひとも和歌を作りますのでございますよ。それが性質
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