学校教育における図書館の利用
佐野友三郎
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一
「学校の教育は如何に完備し充実すとも、米国のごとき国柄に在りて民衆の需要を充たすに足るべしとは想われず。されば在学中も、卒業後も、不断の読書をもってこれを補充せざるべからず。この補充的読書は、すべての民衆に、無料なる選択宜しきを得たる集書あるにあらざれば充分なる能わず、指導もまた能く行わるべきにあらず。」
「カーネギー氏その他の援助により最近二十五年間に図書館設置の進歩顕著なりしに拘らず、合衆国民の大多数は今なお依然として相当の集書に接すること能わず、人口二万五千以上の都市の大多数と二万五千以下の都市の多数とは、優良の公共図書館を有すれども、これら図書館の大多数は都市の区域内または附近郊外在住の民衆の用を弁ずるのみ、小町村及び郊外在住者の大多数は今なお図書館の便宜を有することなし。巡回文庫は全国を通じて到る所に活動すれども、遂に不動公共図書館自体の用を弁ずること能わず。」
「今日の急務は郡庁所在地に郡立図書館を設け郡内各町村と各公立学校とに分館を設くるに在り。図書館発展上、我等の今後採るべき方策はこの種の図書館を普及せしむるに在り。農民のために図書館を設け、または都市の図書館を農民のために開放せんとする運動の、従来閑却せられたるは怪しむべし。農村在住者、特に農村の青年は都人士に比し読書の時間を有すること多く、また余の信ずる所によれば優良の文学に趣味を有す。農園の少年、農家の少女は一年を通じて毎週多くの時間を有するのみならず、往々にして全日、全週読書に利用し得べき時間を有す。これら少年男女は都会の悪風に感染せず、自然及び人生の基本的需要と密接するために伝記、歴史、紀行及び通俗科学に趣味を有す。近年発達せる科学的農業の興味増進するに従い耕地、養畜、農産物の販売その他、農園生活の他の活動及び興味を助成すべき農書を渇望する農民漸く多きを加う。道路、電話、新聞紙の普及と政治的及び経済的生活の密接なる接触とは、政治的並社会的問題に関する書籍の需要を喚起せり。今日の農民は最早煽動的政談演説と党派的新聞紙とに満足する者にあらず。」
「郡は図書館及び分館の維持費として郡税を課すべしとの条件の下に、郡立図書館建設のために五万ないし十万円を寄附するは中産者のために、自ら不朽の紀念碑を設くる所以となると同時に、少なからざる公益をなすに好機会なりというべし。」
「この種の美挙は国内所々において、特にオハイオ、カリフォルニヤ二州において先鞭をつけたる者あり。郡立図書館の設立及び維持に関して共同一致の美挙に出でたる先例の一はオハイオ州ヴァン・ワート郡においてこれを見る。同郡々庁所在地の市民にして実業家なるジョン・サンフォード・ブラムバックという人、公共図書館建設のために資金を遺贈しその相続者はこれを十万円に増額せり。市はその中央公園において建設の敷地を提供し、図書館協会はその蒐集せる書籍を図書館に寄贈し、しかして郡当局者は図書の購入及び図書館管理のために郡内全ての財産に課税せり。同館の蔵書は趣味の如何を論ぜず、全ての郡民に読物を供給するに足り、その閲覧室は全ての郡民に開放せられれ各村及び十字街頭に約二十カ所の分館を設け郡の公立学校を書籍配給の仲介に充つ。全ての郡民はかくして極めて少額の費用にて善良の読物の供給を受くることとなる。米国を通じて各郡ともこの種の郡立図書館の設備あるべきを当然とす。各町各市の図書館は所在郡民に無料にてその書籍を供給するよう協定すべきを至当とす。各郡庁所在地に郡立図書館を、郡内各村及び各学校に分館を設けなば、州はこれを一定の系統に組織し、州の首都に州立図書館を設け、全ての州民のためにこれを開放し、これによりて郡立図書館を補充することを得べし。」
二
以上は米国教育長官クラックストン氏の農村図書館普及策にして、氏は一九一四年米国図書館協会総会においてこの趣旨を講演しこれを教育局年報に論述しこれが説明資料を巴奈馬桑港博覧会に出陳せり。
然れども図書館の施設いかに普及すればとて、これを利用し得べき読書力、読書趣味の素養なきときは図書館ありともその任務を全うすること能わず。世人動もすれば米国人は読書好きなりと説けども、米国が最近二十余年来、読書趣味、図書館趣味の養成に全力を傾倒せる事実に想到する者少なし。一九一三年現在同国学校に附設せる図書館の数は
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蔵書 五、〇〇〇冊以上のもの 一、〇〇五館
一、〇〇〇冊以上
四、九九九冊以下のもの 三、二六五館
三〇〇冊以上
一、〇〇〇冊以下のもの 五、三八四館
計 九、六五四館
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を算す。けだし智育上より見て、学校のなし得べき最善の任務は算術、地理、歴史又はいずれの教科書にも精通せしむるためにあらずして、善良の書籍に児童を紹介し善良の文学に対する趣味を獲得せしめ、最も読み甲斐あるものを読むの習癖を馴致するよう児童を補導し自学自修の国民を養成するに在りとし学校の作業上並に生徒将来の処世上学校図書館を成るべく有効の機関たらしめ実生活に入りて公共図書館を利用し自ら世の進歩に伴うよう終生教育を継続し得べき不休の動力を養成せんとするは米国全体の趨勢なれども、特に新進のウイスコンシン州に在りては一九一五年以来、小学校教員検定試験にも学校附設図書館の目録編纂法及び利用法を課し小学校第一学年ないし第八学年を通じて組織的に読書趣味及び図書利用法を教授す。その課程を学年別に概括すれば、
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第一学年読方科において書籍の取扱方、公共図書館案内を授け、
第二学年読方科において引続き書籍の取扱方と公共図書館における図書帯出特許票受領手続と公共図書館規程とを授け、
第三学年綴字科において辞書の引き方を授け、本学年より全ての児童をして図書館より特許票を受領し且つ使用せしむ
第四学年読方科及び綴字科において辞書につき単語の定義、発音、綴字を授け練習を課し、
第五学年地理科において少年百科辞典、少年博物辞典の使用法を、読方科において書籍の物質的構造と少年地名人名辞典の使用法を、綴字科において辞書につき発音、略字、綴字、熟語、音節法を授け、
第六学年地理科において前学年の復習と共に地図、世界年鑑の使用法を、読方科において件名、著者名、書名牌子の区別及牌子目録、少年文芸辞典、一般百科辞典の使用法を、綴字科において辞書につき複数名詞の綴方、固有名詞等を授け
第七学年農業科において農業時報、農業年鑑、農事報文、農業雑誌の使用法を、文法及び作文科において辞書につき同意語、動詞の変化、疑わしき慣用法等を、歴史科においてウ州要覧につき官署、公共事業、選挙、人口等郷土に関する諸統計を、綴字科において辞書につき専門語の意義等を授け、
第八学年公民科において日刊新聞に関する概念と読方とを、読方科において処世法及び職業案内、代表的雑誌の種類及び特色、公共図書館利用法を授く。
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以上のごとき課程を授くるには、少なくとも左のごとき参考書及び資料を必要とす。
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一、農業雑誌
一、地図
一、牌子目録
一、ウイスコンシン州要覧
一、チャムプリン少年百科辞典
一、同 少年文芸辞典
一、同 少年博物辞典
一、同 少年人名地名辞典
一、日刊新聞
一、小辞書
一、大辞書 ウエブスター又はスタンダード
一、農事試験場報文
一、一般百科辞典 大英百科辞典又はニューインタナショナルの類
一、雑誌
一、小冊子及び切抜
一、引用辞書
一、コバート注文案内
一、商業雑誌
一、農務省農業時報
一、農業年鑑
一、ウイスコンシン大学農事試験場報文
一、ウイルコックス、スミス合著 農業辞典
一、ウイスコンシン喬木鳥類宝鑑
一、ウイスコンシン紀念日年鑑
一、ウイスコンシン郡区図書館選択目録
一、世界年鑑
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その教授法は徹頭徹尾、自助的、補導的にして専ら実用を主とし問題に次ぐに問題をもってし練習に次ぐに練習をもってし生徒をして実地応用に習熟せしめずんば止まず。要は極力知識の極量を授けて生徒の応用に苦しましむる代りに生徒自ら書籍につきて批評的に日新の活知識を調査獲得するの常習を開発するを目的とす。米国政府は農業上の学理と実験との調和を高調して農事知識を普及せしめんがため農務省の発行する農業時報の農民に利用せらるるもの毎号一百万部と称す。余は当初そのあるいは少しく誇張に失せざるやを疑いしが今にして事実果して然るべきを信ず。
以上は主として参考書使用法に関する説明なれども、生徒の手にする一般読物の種類及び分量と、その読書に随伴する事情のいかんは生徒の終生に渉れる読書趣味を決定すること多きが故に一般読物の指導奨励は学校の重要任務の一ならざるべからず。これがため特定の学課を授くるは不可能なるに似たれども、生徒の一般読物に対する趣味を喚起し、これを指導するために一定の計画を立つるの必要なるは論なし。その一二の方法としては
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一、生徒をして読了せる書籍につきてその梗概を述べしむること、
二、一般読書の誘導として毎週図書館時間を定むること
三、処世法及び職業案内、神話、法制、理学及び自然研究、有用技術、美術、文学、地理、伝記、歴史、小説につきて事実検索の方法を授けて実地練習問題を課し、これに関連せる一般読物を指定すること、
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等これなり。
三
小学校に在りてかく訓練せられたる少年が実生活に入りて読書により自ら教育を継続し参考書につきて日常必要の活知識を求め得べきは固より当然にして、小学校における読書趣味、図書館趣味の素養は通俗図書館の普及と相待ちて国民教化の活動始めて全きを見るべし。然れども参考作業のためにも、一般読書のためにも生徒に使用せしめんとする書籍は教師自らまずこれに通暁せざるべからず、故にいわく。
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通俗図書館普及策の根柢は一面、小学児童の読書趣味を養成すると同時に一面、これが指導に任ずべき教師その人を養成するに在り、しかも当面の急務は教師をして徹底的に読書趣味養成の必要が自覚せしむるより急なるはなし。
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米国の小学校に在りては、第三四学年より辞書につきて単語の引き方を授け、その定義、発音、綴字等を自ら学修せしめ、第五学年において少年百科辞典、少年地名人名辞典、少年博物辞典につき、第六学年において世界年鑑、少年文芸百科辞典、一般百科辞典につき、第七学年において農業年鑑、農事報文、郷土要覧につき、第八学年において日刊新聞の読方、処世法及び職業案内を授け小学校を出づれば辞書その他の参考書を利用して読書を継続し図書を介して日常必需の新知識を調査獲得する者あるに対し、我が小学校に在りては、教科書につきて一定の教育を施すに止まり、教科書以外、教科書以上に自ら進む所以を教えざる結果、彼我の国民教育を終了せる者の間に著しき懸隔あるは争うべからざる事実なり。これ主として国語問題に由来し、我が漢字のために費やす時間と努力とを挙げて彼はこれを自学自修の指導に利用することを得るがためなれども、国語問題の根本的解決はしばらく措き、当面の急務は現在の国語国字のままにていかにして小学教育の能率を増進し得べきかを研究するを必要とす。
今日の小学教育に幾多の長所ありとも教科書を尊重するの極[#「今日の小学教育に幾多の長所ありとも教科書を尊重するの極」に白丸傍点]、教科書以外、教科書以上に自ら進む所以を教えざる結果学校に在りて学力優良なりし児童も一たび校門を出づれば学力減退して社会の進歩に伴うこと能わざるの観あるは何人も否み難か
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