要す。当初は進歩遅遅たるの観あるべしといえども一たび児童の興味を喚起し自学自修の習慣にして養成せらるれば終極の進歩は刮目に値すべし[#「当初は進歩遅遅たるの観あるべしといえども一たび児童の興味を喚起し自学自修の習慣にして養成せらるれば終極の進歩は刮目に値すべし」に白丸傍点]。
 国語辞書に次ぎて必要なるは少年用百科辞典の編纂なり。従来、中小学生徒を対象とせる事彙、辞典類の刊行なきにしもあらざれども地名、人名、名数等多くは彙類毎に排列索引を異にし実用においても、一般百科辞典の入門としても不便なれば、まず人名、地名、文芸等を主とせるものと理化博物農業等を主とせるものとを編纂し、小学校第五学年もしくは第六学年よりこれが使用法を授け、まず教科書中の事項より始め、やや進みては新聞雑誌または日常生活に密接せる事項につき児童をしてあるいは個別的に検索せしめあるいは宿題を課して一整に筆答せしめ練習を重ぬるに従い漸次統計年鑑の類に及ぼすべし。かくのごとくせば授業の進行を阻害するの虞あるべきかなれども時々読方、地理、歴史、理科等の時間の一部を割くのみにて足るべく、敢て纒まりたる時間を要するにあらず、これがため教科書の程度、教材の分量は仮令今日に比し幾分低減すとも、直ちに知識の宝庫を示しこれが秘鑰を授くるは限りあり、固定知識を多量に授けて応用に苦しましむるに優れり。現実の知識は固より尊重すべしといえども[#「現実の知識は固より尊重すべしといえども」に白丸傍点]、学校にて授くる現実の知識には限りあり[#「学校にて授くる現実の知識には限りあり」に白丸傍点]。現実の知識はたとえば現金の如く[#「現実の知識はたとえば現金の如く」に白丸傍点]、知識の所在を示すはあたかも貯金に似たり[#「知識の所在を示すはあたかも貯金に似たり」に白丸傍点]。一人の携帯し得べき現金の量には限りあれども、貯金は必要に応じ何時にてもこれを引出すことを得べし、今日自学自修の必要は漸く識者の間に認められながら、いたずらにその声を聞くのみにてその実の挙らざるは、一はこれに要する教具の欠如せるがためならずんばあらず。
 二、郷土読本 郷土趣味を極端に高調すれば固陋に陥るを免れざれども、郷土に立脚せざる教育は堅実ならず。今日の教育が郷土を出発点とすべきは理論として認められたるのみにて、府県としても郡市としても町村としても組織的にこれが施設を試みたるもいあるを聞かず。今日の小学教育終了者にして全国鉄道重要駅を枚挙し得る者、その所在町村を基点として県内旅行の順序日程を定め得る者果して幾何ぞ。国史上の大人物はこれを暗記せるも郷土の史蹟、人物、もしくは直観資料の知識を欠く者あるいは多々これあらん。これが欠陥救済として各府県において郷土の史蹟、人物、文芸等を主とせる補充読本を編纂しこれに郷土に関する直覧資料を加えて第六学年以上の児童に携帯使用せしめば、一面郷土観念を鞏固にし、一面国定教科書による画一の弊を救済し兼ねて学力補習の用に供すべし。補習教育の必要は今日一般に認められたれども、これが教科書に充用すべき読本の乏しきに苦しむもまた事実なり。故に郷土読本の編纂に際しては事情の許す限り一般国民資料をも加味しその毎篇、毎章または編章中の主なる事項毎に成るべく適切なる参考書を示し、その本文はそのまま、補習教科に充つべく指定せられたる参考書は教師の参考資料ともなり進みたる青年の独学自修の栞にも供すべきようにし、通俗講話のごときもなるべく題材をここに求むることとし、町村図書館においては最先にその指定参考書を備付くることとし、巡回文庫にも幾分これを編入ししかして機会あるごとにこれが利用を奨励せば必ずや効果の見るべきものあるべし。
 三、師範学校に図書館学科を加うること 辞書、参考書、郷土読本の編纂なるも書籍は必竟死物にして指導者その人を待て始めて活用全きを期すべきが故に児童の自学自修の常習を馴致せんとせば教師自らまずその自助の精神を体得し、その態度を一変せんことを要す。教師をしてまず読書趣味、図書館趣味の必要を自覚せしむるには師範学校最終学年の生徒に図書館利用法を課し、就職後、入ては教室に児童の読書を指導し、出でては学校附属の図書館管理に任ぜしめ学校図書館互に相提携して国民教化の活動を全からしむるにしくはなし。しかして学校図書館の主なる利益は教師は館員よりも児童の個性を悉知するが故に教室内に善き集書ある場合には適切の時期に適切の書籍を適切の児童に供給することを得るにあれども、その不利益とする点は児童が中央図書館に出入する慣習養成の機会を逸し、したがって中央図書館における大集書の教育的価値を閑却するに在れば、学校と図書館とは各自らその特殊の任務を自覚し学校は児童を介して図書館に接近し図書館は附属図書館を介して学校に
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