なるべきを、四面新たに囲みて甍を覆ふて風雨を凌ぐ、暫時千歳の記念とはなれり。
五月雨のふり残してや光堂」
[#ここで字下げ終わり]
私たちの訪れたときはよい天気だった。夏風や、夏草や、そこここの一木一草が、昔の夢おぼろに私たちの心の前に展開さしてくれた。
[#ここから1字下げ]
山鳥のなきて霊舎に夏陽さし
静かに眠るみたまなりけり
[#ここで字下げ終わり]
経蔵と釈迦堂、絵画堂などをみて毛越寺に下る。大堂宇の跡は楚石の数々に昔をしのぶに充分である。大泉池も葦の生えるにまかせて昔の夢を浮かべて夏草は一面にそよ風になびいている。
「国破れて山河あり、城春にして草青みたりと笠打敷きて時のうつるまで涙を落し侍りぬ
[#ここから1字下げ]
夏草や兵どもが夢の跡 芭蕉
卯の花に兼房見える白毛哉 曽良」
[#ここで字下げ終わり]
私はかくして芭蕉師弟が夏草に坐して涙を流したる心境の一部に接することの得たことを喜ぶのである。
ああ、平泉の山河よ、この山川草木一つとして生きた歴史の宿さぬものはなく、みななつかしい、しかも美しい武人の夢を宿しているのだ。あの美しい源氏の大将義経も、ここに眠っている。
[#ここから1字下げ]
「あの雪の日、このみちのくを立って、私のためになつかしい故郷をすてて、遠い戦場で死んでくれた、百六十余人の平泉の人たちの魂のためにも、私はここの土となってしまいます。
みちのくは私にとって第一の故郷です。私はみちのくへきて初めて渇えていた人間のあたたかい心に充たされたのでした。」
[#ここで字下げ終わり]
義経はこういっている。
ああ、みちのくの天地よ、さらば永久に静かなれ。
[#地から2字上げ](第三信・平泉にて)
底本:「村山俊太郎著作集 第一巻」百合出版
1967年(昭和42)12月20日第1版第1刷発行
1968年(昭和43)3月10日第1版第2刷発行
入力:しだひろし
校正:土屋隆
2010年2月23日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
前へ 終わり
全6ページ中6ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
村山 俊太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング