―職員会はあるの? そこで子どもの問題や、教育上の悩みなど語ったりしないの?
 彼女は、この問いには事務的な報告的な職員会はあるが、先生方の討論や研究のための会議のないことをこたえた。
 わたくしは、子どものしつけについて民主的なしつけ方のことを、わかりやすく語り、まず当分の自然観察の仕事として、「ほたる」と「かいこの卵」の二つの教材を選んで、その作業や授業のすすめ方を一緒に計画し、教案の略すじをまとめてやり、その指導の結果を夏休みのあとにもってくることを約束したのだった。
 教案や、わたくしのかし与えた資料をK子はとても喜んで、きっとがんばってやってみると言い、最後にしんみりと、
 ――先生、わたし近ごろ力がないことがはっきりしてきたの。何をやるにも基本的な勉強をしていないんだもの。二学期からやらねばならない社会科なども、さっぱりわからないの……。
 そんなことを語って、K子は夕方元気をとりもどして、また訪ねてくると言いのこして去ったのだった。



 このように、教育の問題を悩みぬき、子どもたちを愛しつづけた良心的なわかい女教師が、美しい谷川の淵に身を沈めたのである。死の直前まで悩みつづけた、荒っぽい野性のまんまの教え子たちには、鉛筆の走り書きで、「よい子になるように……」と遺書をのこし、学校と村人たちに対しては、自分のいたらなさをわびる書をのこして……。子どものけんかをめぐるしつけに苦しみ、無知で封建的な父兄たちに無言の抗議をのこして。

 わたくしは、この出来事のあと、わかい女教師たちとこの問題について語ることができた。わかい女教師たちは口をそろえてK子の問題は、そっくり自分たちの苦しみであり悩みであると告白した。子どもへの愛情をもちながら、その愛情をしつけのうえでどうもちつづけ、表現していけばいいのか。民主的な角度から、あたたかくしつけようとすればするほど、荒っぽい子どもの野性との対立がはげしくなってくる悩み。子ども同士のけんかもぬすみも、みな教師の無責任として追及してくる父兄たちの古い観念とのつきあたり。それに対してわたくしたちは――しつけそのものに対する古い訓練意識、教師意識をすてさせること、教室も職員室も村の家庭も一つ意識の民主的な生活をつくりあげねばならぬこと、新しいヒューマニズムにつらぬかれた人間とその生活をつくりあげていくために、広くまっすぐな立場を子ども管理の具体的な仕事として推し進めようと語りあったのだった。この語りあいのなかで、あるわかい女教師はしみじみといった。
 ――K子さんが、わたしたちの学校にいたら、石をしょわずにすんだと思うの。
 この教師のいる学校には、すでに民主の風が職員室のすみまで流れていた。わかい教師たちの発言が自由に、しかも強い位置をしめ、子どもの問題も、教育の問題も、教養の問題も、ともに語りともに苦しみ、ともに解決するための組織ができていた。教師たちの生活を守り、民主教育を推し進めるための組合運動についても正しい理解をもち、組合は、教師たちの新しい教養、読書会、研究会をわかい人々の推進によって活発に行っている。このわかい教師たちは、自分たちの不幸や、苦しみをうちやぶるものは、自分たちの頭脳や倫理や生活を自らの力によって民主的にきずきあげること以外に方法はないことをはっきり自覚している。石をしょわずにすむということの方法は、このような積極的な建設への途をすすむか、あるいは一切の良心をくらやみに押し流して逃避と日和見の生活態度を生きるかの二つにつきる。
 わかい世代をつくりあげるわかい教師の生きる道は、単なる古い型における教育への愛情、子どもらへの愛情だけではどうともならない。村の封建性や、学校のそれに対して、はっきりしたたたかいの心構えを実践するところに、わかさの本領がある。
 K子が、わたくしと青年との間の農業革命の進みかたに関する、ごくわかりやすい話に耳をかたむけていながら、ほとんどわからないとなげかねばならぬ教養の貧困と非科学性も現在のわかい教師たちの共通の問題であろう。あらゆる父兄が、その子弟の教育をなす権利のためにいかにたたかうかを、教師は父兄とともに探究していくところにPTAなどのいきかたがある。教師と父兄、村と学校が封建的ないがみあいの殻からぬけきれないのでは、日本の民主革命も心細い。
 村や学校や、自分の頭脳のなかに残存している封建的なものから脱却し、封建的官僚の権力支配から教育を解放して、働く人民のための教育を建設するために、わかい教師たちはひたむきな明るい道を進んでほしい。わかい女教師の死をめぐる問題のもつ教育的意義は、このようなギセイを日本の教師たちのなかから出したくないことにつきる。そのためにこそわかい教師たちの正しいふるいたちをねがうのである。この地方
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