としてあそこで食事をしたとすると、その間、鼬鼠のケープは……よし。なんとかなる!)
 ひとッ飛びに床から跳ね上ると、また段階を[#「段階を」はママ]駆け降りて食堂へ走り込んだ。
 給仕長《シェフ・ド・テル》が入口に立って、食堂を眺めていた。
「昨夜、ここで、黒い服を着た二十歳ばかりの娘がひとりで食事をしなかったかね」
「なさいました」
「鼬鼠のケープをつけていたろう」
「それは存じませんです。どうか、外套置場《プエスデエール》でおたずね下さいませ」
「有難う、それでいいんだ」
 竜太郎は食堂を飛び出した。
 外套置場の女は、たいへんに明快だった。
「はい、たしかにお預りしました。『グリュナアル』の店でつくった、鼬鼠の立派なケープでございました」
「たしかに、『グリュナアル』だったね」
「はい、たしかに」
 雲の間から薄い陽ざしが洩れて来た。そんな感じだった。
(巴里《パリ》の『グリュナアル』の店へ行きさえすれば、かならずなにか手がかりがある。……かならずかならず!……どんなことがあっても、もう一度逢って見せる。……すぐ次の汽車で巴里へ行って……)
 ところで、きょう自殺するほうはどうな
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