おり》るも出来んようになった。頼むから助けてくれ」
「本当に降りられないのですか」
「まあ、そうだ」
「そんなら、あっしが助けてあげます。その代りに、一つお願いがあるんです」
「何だ、早く言え」
「あなたのお見込をぶちまけて下さい」
「見込なんか、ない」
「返事がないのは、お嫌なのですか。……嫌なら嫌でもいいよ。頼みを聞いてくれなけりゃア、あっしはこのまま行ってしまうから」
「行くなら行け。そのうちに誰かやってくるだろう。その人に助けて貰うからいい」
「誰も入《い》れません」
「入れんとは、何のことだ」
「山下の駒止札《こまどめふだ》のところに立っていて、誰《た》れも山内へ入れないようにしてあげます」
「馬鹿なことをするな」
「ええ、どうせ馬鹿ですから」
「これは弱った。気が遠くなりそうだ」
「たった一言でいいんです。そうしたら、あっしが上って行って抱きおろしてあげます」
「止むを得ない、話してやる」
伝兵衛は頓狂な声をあげて、
「えッ、じゃア、本当に見込がついているんですか」
「うむ、ついている。……実のところ、今度の『本草会《ほんぞうかい》』の席で披露して、四隣を驚倒させるつもりだったんだが、背に腹はかえられぬからぶちまける」
「勿体ぶっちゃいけません。そらそら、あなたの手が顫えて来ました。早く早く……」
「うむ、これは困った。……一口に言えば、今度の件は、『隕石《アエロリトス》』の仕業なんだ。これだけ言ったら思い当るところがあるだろう」
「いいえ、一向」
「手間のかかるやつだ。……アエロは空、リトスは石。……アエロリトスというのは、つまり、『空の石』ということだ」
「言葉の釈義などはどうでもようござんす。……その、空の石がどうしたというんです」
「判らぬ奴だな。……要するに、空から隕ちて来た石が、あの二人の娘を殺害したのだ」
伝兵衛は、むッとして、
「はぐらかしちゃいけません。そんなところに宙ぶらりんになりながら地口をいうテはないでしょう。真面目なところをきかせて下さい」
「これは怪《け》しからん。究理の問題に於て、この源内が出鱈目《でたらめ》などを言うと思うか」
伝兵衛は、両手で煽ぎたて、
「怒っちゃいけません。……するてえと、それは、本当のことなのですか」
「お前の言種《いいぐさ》ではないが、この寒空に、洒落や冗談で五重塔の天辺で徹夜など出来るものか。夜更けに小雪が降り出して、えらい難儀をした」
「ですからさ、一体そんなところで何をしていらしたんです」
「一晩、塔の上に頑張っていて、つらつらと流星《ながれぼし》を眺めておった」
「流星はいいとして、さっき仰言《おっしゃ》った空の石というのは何のことです。あっしは、子供の時からずいぶん空を見ていますが、石っころなど見かけたことがありません」
「なるほど、空の石というだけではわかるまい。……実はな、伝兵衛、星と見えるのは、あれは実は大きな岩石のようなものなのだ。石の多いときは隕石といい、鉄が多い時は隕鉄という。しからば、その岩石が、なぜあのような光を発するかといえば、幾千万里と離れたところにある大きな岩の塊が太陽の光を受けて、それでわれわれの眼に輝いて見える。ところで、その星がなぜこの地球の上に隕ちて来るかというに、いったい星なるものは、手っ取り早く言えば、鶏卵の黄味がからざ[#「からざ」に傍点]で両端《りょうはし》から吊られると同じく、うまい工合に釣合を保って宙に浮いておる」
「こりゃ驚いた。そいつア、初耳でした」
「うるさい、喋るな。……ところで、何かの動機《はずみ》でそのからざ[#「からざ」に傍点]が切れると、否応《いやおう》なしに地面の上に隕ちて来る。お前も覚えがあるだろう、えらい勢いで鉢合せをすると、眼から火が出たという。つまり、その理窟で、そういう厖大なものが、えらい勢いで隕ちて来るのだから、空気の摩擦のために火を発し、隕ちて来る途中で追々に燃え減って、地面に達せぬうちに消滅してしまう。また、地球まで届いたとしても、大方は、極めて小さな無害なものになっているから、あまり誰も気がつかぬ。殊に、人里離れたところや、大海の中に隕ちたものは、誰の眼にもつかずに終ってしまう。しかし、流星の方には、別に遠慮のあるわけではないのだから、あながち、辺鄙《へんぴ》なところや海の中にばかり隕ちるとは限らない。この江戸の真中へ隕ちて来ても一向、差支えないのだ」
「いかにも、それは、そうです」
「西洋に於ても、そういう例はあまりたんとはないが、運悪く行き合わせた人間が、その石のために頭を割られたようなことは無いでもない。甚だ稀有なことだが、今度の場合などは、まさに、それだ。……おい、伝兵衛、もう、これ位で勘弁してくれ。とても、保ち切れなくなった」
「まあまあ、もう少し辛抱してお
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