そいつアたいへんだ」
「さあ、来い」
 源内先生、いつになくムキな顔で、怒り肩を前のめりにして、大巾に歩いて行く。
 伝兵衛は、小走りにその後を行きながら、
「するてえと、何か、たしかなお見込みでも」
「さんざん縮尻《しくじ》ったが、今度こそ、大丈夫」
「大丈夫って、どう大丈夫」
「謎が解けた。……迂濶な話だが、大切《だいじ》のことを見逃したばっかりに、無駄骨を折った。……三日の日も八日の日も、それからまた十六日の日も、いずれも、雪晴れのいい天気だった。ところで、その次の日は、どんよりと曇った日ばかり」
「へい、そうでした」
「つまり、三人の娘は、雪晴れの天気のいい日ばかりに殺されている」
「そのくらいのことはあっしもよく知っております」
「黙って聞いていろ、まだ後があるんだ。ところでその三人の娘はみな源内先生創製するところの梁《みね》に銀の覆輪《ふくりん》をした櫛《くし》を挿《さ》している。……なあ伝兵衛、そういう櫛に日の光がクワッと当るとどういうことになると思う」
「まず、ピカリと光りますな」
「その通り、その通り」
「馬鹿にしちゃアいけません」
「馬鹿にするどころの段じゃない。そこが肝腎なところなんだ。……つまり、それが遠くからの目印になる。……なあ、伝兵衛、足跡を残さずに空から来るものは何んだ」
「鳥でしょう」
 源内先生は、大袈裟《おおげさ》に手を拍《う》って、
「偉い!」
 伝兵衛は、ぎょっとしたような顔で、
「するてえと……?」
 源内先生は、会心のていに頷いて、
「いかにも、その通り。……わしの見込みでは、まず鷹か鷲。……しかし、鷹にはあれほどの臂力《びりょく》はあるまいから、おそらく鷲だろう」
「うへえ、鳥ぐらいのことは、あっしだって考えますが、その鳥が源内櫛にばかり飛びつくというのはどういうわけです。先生、あなたの贔屓筋《ひいきすじ》というところですか」
「下らんことを言うな。それは、そういう風に馴らしてあるからだ。……ものの本によると、中世紀といってな、西洋の戦国時代に、大鷲を戦争に使ったことがある。『戦鷲《タリーグスハビヒト》』といってな、もっぱら敵を悩ますために用いる。しからば、どういう方法を以って馴らすかといえば、敵方の兜《かぶと》やら鎧《よろい》、そういうものの上に置くのでなければ絶対に餌を喰わせん。殊《こと》に、戦争の始まる前頃になる
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