。夜更けに小雪が降り出して、えらい難儀をした」
「ですからさ、一体そんなところで何をしていらしたんです」
「一晩、塔の上に頑張っていて、つらつらと流星《ながれぼし》を眺めておった」
「流星はいいとして、さっき仰言《おっしゃ》った空の石というのは何のことです。あっしは、子供の時からずいぶん空を見ていますが、石っころなど見かけたことがありません」
「なるほど、空の石というだけではわかるまい。……実はな、伝兵衛、星と見えるのは、あれは実は大きな岩石のようなものなのだ。石の多いときは隕石といい、鉄が多い時は隕鉄という。しからば、その岩石が、なぜあのような光を発するかといえば、幾千万里と離れたところにある大きな岩の塊が太陽の光を受けて、それでわれわれの眼に輝いて見える。ところで、その星がなぜこの地球の上に隕ちて来るかというに、いったい星なるものは、手っ取り早く言えば、鶏卵の黄味がからざ[#「からざ」に傍点]で両端《りょうはし》から吊られると同じく、うまい工合に釣合を保って宙に浮いておる」
「こりゃ驚いた。そいつア、初耳でした」
「うるさい、喋るな。……ところで、何かの動機《はずみ》でそのからざ[#「からざ」に傍点]が切れると、否応《いやおう》なしに地面の上に隕ちて来る。お前も覚えがあるだろう、えらい勢いで鉢合せをすると、眼から火が出たという。つまり、その理窟で、そういう厖大なものが、えらい勢いで隕ちて来るのだから、空気の摩擦のために火を発し、隕ちて来る途中で追々に燃え減って、地面に達せぬうちに消滅してしまう。また、地球まで届いたとしても、大方は、極めて小さな無害なものになっているから、あまり誰も気がつかぬ。殊に、人里離れたところや、大海の中に隕ちたものは、誰の眼にもつかずに終ってしまう。しかし、流星の方には、別に遠慮のあるわけではないのだから、あながち、辺鄙《へんぴ》なところや海の中にばかり隕ちるとは限らない。この江戸の真中へ隕ちて来ても一向、差支えないのだ」
「いかにも、それは、そうです」
「西洋に於ても、そういう例はあまりたんとはないが、運悪く行き合わせた人間が、その石のために頭を割られたようなことは無いでもない。甚だ稀有なことだが、今度の場合などは、まさに、それだ。……おい、伝兵衛、もう、これ位で勘弁してくれ。とても、保ち切れなくなった」
「まあまあ、もう少し辛抱してお
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