らない恋地獄。祭礼の酒に勢いを借りて最後の手詰めの談判をして見たがどうにもいけない。定太郎のことでいっぱいで、あなたのことなんぞは思って見る暇もないという愛想尽かしだった。
定太郎がいるばっかりにと思いつめたら、もう何を考える余地もない。どんなことがあったって里春を生きたままでは定太郎に渡さねえ。
親父が死ぬときに、そっと囁いた象の後脚のからくり。ちょうどそこへ定太郎が入ることから思いついて巧く仕組んだ象の中の人殺し。
定太郎の縁組が近づくのに、里春に纏いつかれて困っていることは町内で知らないものはない。せっぱ詰って定太郎が里春を殺したと見せかけるつもり。それには象が練っている途中に殺したと見せるのでなければ拙《まず》い。象の腹の内側に桐油を張って漆で留め、二刻ぐらいは血が外へ洩れないようにして置いた。
里春を殺したのは、象の背中から中へ入れたときだった。座蒲団を持ってじぶんも一緒に入ってゆき、隙を見すまして左手で口を蔽い、右で乳の下をグッとひと刺し、象のまわりではチャルメラや鉄鼓をかしましく囃し立てていたので、里春の知死期《ちしご》の叫び声は象の脚元にいた植亀や藤助の耳にも聞
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