むしろ師匠格。吉原の男芸者《おとこげいしゃ》、荻江里八《おぎえさとはち》の弟子で、気が向くと茶を飲みに行くくらいのもの。ほかの狼連とはすこしちがうんです。庭師のほうもいい腕で、黒田さまの白鶴園《はっかくえん》を一人で取仕切ってやったくらいの男なんです」
「じゃア、最後の佐渡屋の忰のほうをひとつ」
「定太郎は佐渡屋の相続人《あととり》なんですが、親父はすこし思惑をやり過ぎるんで、この節、だいぶ火の車で、こりゃまア、世間の評判だけでしょうが、あわや店仕舞いもしかねないほどの正念場ということです。……今度|結城《ゆうき》の織元で、鶴屋仁右衛門《つるやにえもん》といって下総《しもうさ》一の金持なんですが、その姉娘と縁組ができ、結納がなんでも三千両とかいう話。この娘が見合かたがたお祭見物に江戸へ出てきて二、三日前から佐渡屋に泊っているんだそうです」
「なるほど。……それで、定太郎と里春はいったいどんな経緯《いきさつ》になっているんです。何か入組んだことでもあるのじゃありませんか」
 折目高《おりめだか》に袴を穿いた、尤もらしい顔つきをした方が、甚兵衛に代って、
「この方は相模屋さんが、よくご存じ
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