も救急車も、一時間ほど前にひきあげました」
 主任の額に暗い稲妻のようなものが走った。
「いい加減なことをするじゃないか。看護もつけずに放ってあるのか」
「大池の伜がつきっきりで看《み》ています。現在、築地の綜合病院でインターンをやっているんだそうで……」
「大池の伜というのは、いったい何者なんだ。そんなやつに共犯《とも》を預けて、安心していられるのか。裏でどんな軋《きし》りあいになっているか、わかったもんじゃない」
「部屋長さん、その点なら、心配はいらないように思いますがね」
 木村が笑いながらいった。
「大池の伜は、あの女に惚れているらしいですよ。たいへんな気の入れかたでね、舟からあげたときなどは、涙ぐんでおろおろしていました……父親の色女に惚れてならんという法律はないわけだから……」
 主任が閉《た》てきるような調子でいった。
「畑中君、石倉という管理人の経歴を洗ってくれないか」
「はっ」
「大池との関係も、くわしいほどありがたい……それから大池の細君の身許調査は?」
「二課にあるはずです」
「一括して、捜査本部へ送るように、至急、申送ってくれたまえ」
「かしこまりました」
「畑
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