か、人影らしいものもなかった対岸の草地に、大白鳥の大群でも舞いおりたようにいちめんに三角テントが張られ、ボーイ・スカウトの制服を着たのや、ショート・パンツひとつになった少年が元気な声で笑ったり叫んだりしながら、船着場に沿った細長い渚を走りまわっていた。
 葉桜になった桜並木のバス道路に、大型の貸切バスが十台ばかりパークしていて、車をまわす空地もないのに、朱と水色で塗りわけた観光バスがジュラルミンの車体を光らせながら、とめどもなくつぎつぎに走りこんでくる。観光バスのラジオの軽音楽と、ひっきりなしに呼びかけているキャンプの拡声器のアナウンスが重なりあい、なんともつかぬ騒音になってごったかえしていた。
 捜査一課の主任は煙草に火をつけると、陽の光にきらめく湖水を眼を細めてながめていたが、舌打ちすると、
「厄介なことになったよ」
 と忌々しそうにつぶやいた。
 畑中が詫びるようにいった。
「土《ど》、日《にち》は、どうもやむを得ないので」
「土、日は、言われなくともわかっているさ。だいたい、どれくらい入っているんだ」
「横浜の聖ヨセフ学院の百五十名、ジャンボリー連盟の二百名……いまのところ四百
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