《つまぐろきちょう》の鱗粉のようなものがかすかについていた。
いずれ、こんなことになるのだろう。それはわかっていた。遠い将来のことだろうと気をゆるしていたが、意外にも早くやってきたので、久美子は愕然とした。
「疲労だね」
肋骨の下を念入りに触診してから、内科の主任は事もなげにいった。
「君達のグループは働きすぎるよ」
「うちのものはみな癌で死んでいるんです。父は肝臓癌でした……あたし黄疸なんでしょう?」
「黄疸というほどのものでもない。この冬、軽い肺炎をやったね。その名残りだ。しばらく仕事を休んで、うまいものを食ってごろごろしていれば癒ってしまう」
医務室のへっぽこ医者にわかるわけはないのだ。癌のことならこちらのほうがよく知っている。
「和歌山県と奈良県の癌死亡者は人口百万人にたいして千人以上で、比率の大きなことでは世界的に有名なんですってね……先生、あたし和歌山なんです」
内科の主任は虚を衝かれたような気むずかしい顔になった。
「家族的黄疸とでもいうのか、一家の中でつぎつぎに黄疸にかかる特異な体質がある。赤血球の構成が病的で、すぐ壊れるようになっているので黄疸にかかりやすいの
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